「1回、本気で頑張ってみよう」 何者でもなかった青年が、世界を舞台に戦う車いすテニス選手に
池田拓也が初めて経験した感情とは
16歳の時、交通事故により車いす生活になった池田拓也選手。現在は車いすテニス選手として活動しています。所属カテゴリーは四肢麻痺のある選手が出場する「クアード」です。障害を負う前は何かに夢中になる経験をしたことがなかったと話す池田選手ですが、今は「すごく頑張ってる」と感じる瞬間もあると顔をほころばせます。コンディションの浮き沈みがある中、池田選手ならではの元気の源、そして、強みを聞きました。
車いすテニス
車いすに乗ってプレーをするテニス。ツーバウンドでの返球が認められていること以外は、一般のテニスの競技ルールと変わらない。使用するコート、ネット、ラケットやボールなどの用具も一般のテニスと同じ。池田選手が所属するクラス「クアード」は英語で四肢麻痺を意味する「Quadriplegia」(クァードリプリジア)の略称。試合は男女混合。握力を補うためにラケットと手をテープで固定することや、電動車いすでの出場も認められている。
初めて「本気」になり、気づいたこと
障害を負った前後での変化。それは、本気で何かに取り組む姿勢でした。小中高生時代、とりわけ夢中になるものもなく、その日をただ楽しく過ごす日々を送っていた池田拓也選手。リハビリをする中で出会った車いすバスケットボールを軽い気持ちで始めたのが、パラスポーツとの出会いでした。数年続ける中で、団体競技より個人競技の方が自分の力をより発揮できると感じ、2019年に車いすテニスに転向。しかし、始めた直後に世の中はコロナ禍に突入し、試合が開催されてない期間が2年弱続きました。その間、働きながら週に4〜5回自主練に励む日々を送っていました。
「自宅から車で40分ほどの距離にあるテニスコートに通っていました。健常者も障害者も使っているコートだったので、仕事をリタイアしたおじさんたちに『打ち合いをしてくれませんか』と声をかけて、練習に付き合ってもらっていました」
その地道な努力が実を結んだのがコロナ後でした。初めて出場した大会で、準優勝に。その後も車いすテニスにのめり込み、仕事を辞めて競技に集中することを決意しました。
「一度死んだようなものなので、1回、本気で頑張ってみようって思いました。これまで 何事も適当にこなしてきました。今、『本気でやる』ということを経験しています」
本気になって取り組む中で感じたのは、心からの「楽しい」と「悔しい」という感情だったといいます。
「最初から成績が良かったので、調子に乗っていた時も正直ありました。でも世界行くと、自分より強い選手はいくらでもいます。『こんなにやってもダメなのか』という苦い経験を何度も味わいました。こうした、悔しさや楽しさを、他の人は学生の頃に味わっていたのかなと感じます」
勝因は「1発で決めること」
車いすテニスには、「男子」「女性」「クアード」という三つのカテゴリーがあります。池田選手が属するクアードは、下肢だけでなく上肢にも障害のある選手が出場します。世界的にクアードの選手人口が少ないため、自ずとパラリンピックに出場可能な枠も限られます。
身長180cmの池田選手は腕が長いのが特徴ですが、腹筋は使えません。日常生活は車いすで、歩行は困難です。体幹が使えるか否かでパフォーマンスは大きく異なり、試合では苦戦を強いられることは少なくありません。それでも池田選手が勝つ理由は、「1発で決めること」にあります。相手選手に、ラリーを持ち込ませません。
「サーブのスピードはそれほど速くない代わりに、相手選手の車いすの真ん中にボールが落ちるよう狙っています。この位置は取りにくいんですよね」
そうして相手が苦戦して打ち返したボールは、威力が弱かったり高く上がったりする“チャンスボール”になります。その球を逃さずに打ち返し、得点につなげます。
「腹筋がある人が打つショットのボールの勢いやパワーは強く、車いすをこぐスピードも速い。でも、そういう選手を倒す時、『自分は頑張っている』と感じます」
レシーブの精度を高めたいと思ったきっかけは、海外の大会に出場した時だったと振り返ります。
「国内大会でも結果を出せるようになってきたので、世界でも勝てると思っていました。でも、全然通用しませんでした。自分よりも障害が軽くても走りが速く、 打ち返せないだろうと思った球を打つ選手がたくさんいました。その時、『自分だけの武器を持たないといけない』と思ったんです」
漫画を読んで、パワーチャージ
次のパラリンピック出場に向けて、積極的に海外の大会にエントリーし始めている池田選手。勝ち点を取り、世界ランキングを一つずつ上げていくことに注力をしています。
その中で、気持ちやパフォーマンスの浮き沈みはつきものです。苦しい時、池田選手の元気の源は漫画を読むことだといいます。
「読むことも、集めることも好きで、自宅の本棚には漫画がずらっと並んでいます。まだ読んだことがないものあるほどです」と笑う一面も。
好きなジャンルは少年漫画。その中でも、ことあるごとに手に取るのは、バスケットボールがテーマの漫画だといいます。
「主人公の高校生は、身長が150cmほどしかありません。その子の武器がスリーポイントシュートなんです。そのシュートと自分のレシーブを、その体の小ささと自分の障害を重ねることがあります。その主人公は絶対にあきらめないので、自分もあきらめずにやろうって思うんです」
目下の目標はパラリンピックに出場すること。同じ障害のレベルでも、池田選手よりも強い選手がまだ上にいるといいます。そのライバルたちに打ち勝ちたいと思う理由。それは、自己実現だけではありません。
「僕らの障害のレベルでパラリンピックに出場できたら、誰かの励みになると思うんですよね。そんな姿を見てもらい、『あんなに速く車いすをこぐ選手に勝つ人がいるんだ』『この人が頑張っているんだったら自分も』って思ってもらえることを目指していきたいと思っています」
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