2020.03.03

日本のカスタマーサクセスの歴史は300年。得意領域を活かして未来に投資を

“実践論”としてのカスタマーサクセス。『Success4』開催記念対談 Vol.8

最近、耳にする機会が増えた「カスタマーサクセス」という言葉。これは単なるブームではなく、世の中が変化する中で生まれた、新しいコンセプト。なぜなら、デジタル時代にはあらゆる業種のサービスが「売って終わり」ではなく、「いかに使い続けてもらうか」を重視するように変わっていくからです。

しかし、その重要性を理解しつつも、実際に事業に取り入れる難しさを感じている方も多いのではないでしょうか。このシリーズでは、カスタマーサクセスを推進する識者の皆さまにお話を伺い、そのヒントを探ります。

第8回となる今回は、デジタルマーケティングの戦略立案から実行を手掛ける、アンダーワークス株式会社の代表取締役社長 田島 学氏が、UXデザインコンサルティングやグロースハック支援を得意とする株式会社beBitの代表取締役 遠藤直紀氏と対談。エクスペリエンス向上を実践する2社の代表が、日本のカスタマーサクセスの問題について語り合います。

※所属・役職は記事公開当時のものです。

株式会社beBit
代表取締役

遠藤 直紀

アンダーワークス株式会社
代表取締役社長

田島 学

プライバシーデータの問題を解決するのは企業哲学

遠藤直紀(以下、遠藤) : 今日はまず、田島さんが最近感じる、「カスタマーデータ」の課題感をお伺いしたいと思っています。

田島 学(以下、田島) : 今、世の中には、カスタマーデータプラットフォーム(CDP)のブームが来ていますが、データを溜め込んだその先を進めている企業が、まだ少ないフェーズだと思います。

今後は、顧客へのメリット提供のためにデータを活用していかなくてはいけない。そのためには、データをただ溜めるだけではなくて、適切なチャネルを用いて、適切なタイミングに、適切なコンテンツで、ちゃんと顧客に還元する仕組みが必要だと思っているんです。

なので今は、オーケストレーション※1的な思想のテクノロジーや、顧客体験を作るプロセスに興味を持っていますね。

遠藤 : いいですね、面白いですね。

わが社のカスタマーデータ活用に関する考え方も、田島さんの見解に近いです。カスタマーデータを使うのは、顧客をだますためでも、リターゲティングを売るためでもない。「ユーザーエクスペリエンス(UX)」を高めるために使うものだと考えます。

田島 : しかし現状では、カスタマーデータを正確に、多く溜めることに注力するあまり、使われないデータが大量に溜まってしまっている気がしているんです。

遠藤 : 集めたデータをなかなか活用できないという悩みは、たまに聞きます。

田島 : そうなんです。もちろん、正確なデータを大量に集められるのは理想です。

しかし、そこに何年もかけるのであれば、まずデータを活かすことに注力したほうが良いと僕は思います。そこまで完璧なデータ基盤でなくても、必要なデータがいろいろなチャネルで、顧客とのコミュニケーションに使われ始める事例が生まれることのほうが大切です。

遠藤 : まさしく、そうですね。ただ僕は、そこには多面的な問題が存在しているとも思っています。

例えば1つは、カスタマーデータのプライバシーの問題。EUの一般データ保護規則(GDPR)にしても、2020年1月施行のカリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)にしても、どんどん企業側に厳しくなっていますよね。また内容に曖昧な表現が多く、真面目に守ろうとすると、何のカスタマーデータも使えなくなってしまいかねない。

自社事業の聖域を考えた上で、どのデータをどう活用するかの哲学や原理原則を持たないと、今後、企業は真の意味でのデータ活用ができなくなると思うんです。

遠藤直紀氏(beBit)

田島 : その通りですね。GDPRはヨーロッパのスタンダードではなく、いずれ世界のスタンダードになると思い、われわれはけっこう早くからデータプライバシー観点のコンサルティングをしていました。しかし、この2年ほどは、取り組みがなかなか進んでいないのが現状だと感じます。

遠藤 : これまでは、まだグローバルカンパニーでの制裁の事例も少なかったですから。ただ、CCPAは1月に施行されて、7月から執行開始になるので、けっこう厄介な問題にはなりそうです。

田島 : 日本でも、旅行業など一部の業界で動きが始まってきていますが、これはヨーロッパでLCCを含めて、GDPRで制裁を受けている影響だと思います。ようやく動き始めた、という感じですね。

遠藤 : 最近の日本では、公正取引委員会の発言の影響もありますよね。

田島 : まさに。企業のプライバシーデータの取り扱いへの危機感が一気に高まったと思います。

しかし、遠藤さんのおっしゃるような哲学の話ではなくて、「Cookieの仕様を改めて理解したいので、社内勉強会を開いてください」というようなお話がまだ多いのも現状です。

遠藤 : 「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」ですか。必要以上に警戒してしまっている面はありますね。

※1:複雑なコンピューターシステム・ミドルウェア・サービスの配備や設定、管理の自動化を指す用語


過去データの整理よりも、未来への投資を

遠藤 : あと僕は、プライバシーの問題に加えて、「過去のデータに価値がある」という概念自体も、1つの問題だと思っています。

もちろんビッグデータには使い道があると思うんですよ。そして効率化、最適化の解は出せると思います。ただ、やはりそれは過去にあった事実の集積でしかない。実行されていない余白領域のデータは存在していないので、イノベーションにはつながりにくいんです。

本来なら今は、ビジネスモデルを変えるために、実験的に新しいことをやっていくのがもっとも重要ですよね。そのタイミングで、過去のデータが果たしてどれだけ必要なのか?

田島 : それでいくと、先日僕、過去の撮ったままの写真をアプリで一気に整理したんです。6万枚ぐらいあったんですけれど。

遠藤 : 6万枚ですか!?

田島 : ええ(笑)。それで、クラウドで写真を整理しているときに、「〇年〇月〇日の写真は、削除したらもったいないな」なんて思いながら、「顧客データを溜めるって、こういう気分なのかな」と思ったんです。

新しい場所に行って、写真を撮ることも重要じゃないですか。それを忘れて、過去の写真をきれいに成形することだけをしていたら、何も生まれないなって。

田島 学氏(アンダーワークス)

遠藤 : そうなんですよね。もちろんデータを整理したほうがいいのは前提ですけど、何のためにやるか、です。今、特に大企業は自社のプライバシーデータとどう向き合うのかを、きちんと経営哲学として考え、整備していくべきタイミングにきていると思いますね。

僕がその意味で最高の事例だと思っているのは、Amazonです。

一例を挙げれば、該当ユーザーが過去購入したことのある商品を表示した際に、「お客様は、○年○月○日にこの商品を注文しました。」と表示している。これは他のEコマースでは僕は見たことがありません。Amazon社はデータをユーザーにどう還元するかを徹底的に考えていて、しかもそのデータの活用方法までオープンにしている。サイト内に、ロジックがきちんと明記されているんです。企業の哲学がしっかりしているんだなと感じますね。

田島 : 新しいことへのハードルは高いですよね。例えば、パーソナライズのような取り組みひとつとっても、何もやらなかった場合の損失をまず出してほしいと言われることがあります。良い結果を出す方法ではなく、やらないことでどれだけの機会損失になるのか、という思考が先に来てしまう。

遠藤 : 時代背景的には、デジタル化の進展とともに環境変化が起きて、顧客ニーズも多様化している。今は他社と同じことをするのではなく、その企業にしかない需要創造をして、新しい環境に適したビジネスに変えていくタイミングです。そのためには、もっと実験的なアプローチが必要ですし、効率化ではなく、もっと未来のあるべき姿に向けた投資をすべき時だと思います。

田島 : おっしゃる通りですね。

遠藤 : そして、抽象的なデジタルトランスフォーメーションの議論から、主要なビジネスをどう変えていくかの議論へ、フォーカスが移っていけばいいなと思います。

田島 : ただでさえ、事業のスピードがすごく速くなっている現代。変化には追いついて、どんどん対応していかないといけない。

遠藤 : でも、60年代以降の「供給をすれば儲かる時代」の組織体制に基づいた稟議体制が、日本の大手企業にはまだ根強く残っている感覚はありますよね。だから、環境の変化に合わせて、体制や価値観をOSからアップデートする必要がある。

その中で、カスタマーサクセスは1つのテーマではあると思うんです。これまでは売り切りで良かったビジネスモデルが、顧客に売ったあとにどう価値提供できるか、という風に変わる。そこに合った企業体質に変えていくチャンスだと思います。


日本のカスタマーサクセスの源流は「石門心学」

田島 : 遠藤さんはこれまで20年近く、それこそ「カスタマーサクセス」の言葉が生まれる前から、顧客の行動をずっと見てこられていますよね。正直なところ、現在の潮流に対して、今さらと感じませんか?

遠藤 : いえ。確かに概念的には、カスタマーサクセスの言葉や活動は、2000年初頭からあるので、新しさはないです。しかし、アメリカで方法論化が進んだことで、抽象度が上がったり、武器が増えたりしているな、とは感じています。

「ヘルススコア※2」などは良い方法論ですよね。過去には、エンゲージメント※3や顧客ロイヤルティ※4など、顧客の主観的評価をもとにしていましたが、それだけでは限界はあって。いかに定量化するかという戦い方はアメリカならではと感じますし、新しく取り込まなければいけないものもあると思っています。

田島 : NPS※5もロイヤルティ戦略の文脈から来ていると考えると、同時期でしょうか。

遠藤 : そうですね。フレッド・ライクヘルドさんがNPSの指標を作ったのは2003年ですが、顧客ロイヤルティについて書かれた初期の著作は80〜90年代なので、話はさらにさかのぼります。

でもまぁ、江戸時代に石田梅岩の書いた『石門心学』という本も、内容は基本的に同じカスタマーセントリックの思想なんですよ。なので、実は江戸時代からあるよ、みたいな感じではあるんです(笑)。ベースは四書五経にあるので、中国の儒教などの古い思想に基づいていて、「お客さまのために商いをやりましょう」という中身。江戸幕府も支援していたので、石門心学所が国内にはたくさんあって、そこで学んでいた人たちもたくさんいました。なので、日本でも300年くらいの歴史はあるんじゃないでしょうか。

田島 : カスタマーサクセスには、300年の歴史がある。

遠藤 : 僕はそう思っています。近江商人の言う「三方良し」や、渋沢栄一の著書『論語と算盤』も同じ源流じゃないかと、勝手に思っているんです。なので、カスタマーサクセスに関しては、日本人は得意領域だと思うんですよね。

もっと言えば、大きく分けると世界には道徳体系が2つあって、「商人系道徳」と「軍事系道徳」と言われていますが、前者の、商いはどうあるべきかの道徳は、世界中どこでもほぼ変わらない。「正直に商売すること」と「お客さまに貢献すること」。

田島 : 確かに。もともと、われわれの心の中には、売り上げ目標を達成したかどうかの勝ち負けではなくて、ちゃんとお客さまや世の中のために良いことをしていこうよ、という商いの思想があるはずですよね。

例えば、営業が後先を考えずに無理に売っていたら、いくら優秀なカスタマーサクセス部隊を作ったとしても、最初から矛盾してしまう。むしろ解約を勧めるカスタマーサクセスは許されるのか、という話になります。全体としてカスタマーサクセスの概念を取り入れるのは、とても大事だと改めて思いました。

遠藤 : それでいくと、マイクロソフトは、現在のCEOに変わったときに、セールスKPIからサクセスKPIに変えているはずです。それで会社がガラッと変わりましたし、株価も爆発的に伸びているんですよ。カスタマーサクセスには、本来それくらいのパワーがある。

田島 : そう聞くと、アメリカの特にハイテク系企業は、四半期の売り上げをずっと追っているイメージがありましたけど、もしかしたら彼らのほうが先に変わるかもしれないですね。

遠藤 : そう思います。彼らは変化が早いので、うらやましくもある。

われわれもKPIの壁にぶち当たることが多いんですよ。ユーザーエクスペリエンス(UX)の向上をご支援していても、KPIが例えば新規の売り上げだったりすると、UX改善が評価にまったくつながらないんですよね。

田島 : 会社に認められた活動ではなくなってしまう。

遠藤 : そうなんですよ、それがつらくて。本来はUXを高めて、エンゲージメントが増えて、LTV※6が上がって、解約率が減るようなことが全社KGIで、そこにみんなの注目が集まっていれば、やっている活動も評価されるはずなんですけれど。

田島 : 計画があるから、なかなか変えられない。

遠藤 : そうです。中期経営計画などが新しいものになっていれば問題はなくて、さらに、そこを変えたくないわけではないと思うんです。ただ全部の歯車が合わないと、なかなか変えられないですよね。事業も、経営計画も、さらに執行系の役員みなさんが一枚岩にならないと。

田島 : それは、とても難易度が高い問題ですね。

    ※2:顧客がその商品やサービスを使い続けるかどうか、その程度を指標化したもの
    ※3:商品やサービスを提供する企業と顧客の間の信頼関係
    ※4:顧客が長期的に商品やサービスに感じる信頼や愛着を指す
    ※5:Net Promoter Scoreの略。顧客ロイヤルティを数値化した指標
    ※6:Life Time Valueの略。顧客が特定期間に商品やサービスを購入した額の合計


    新興企業の強いアメリカや中国と、日本の違い

    遠藤 : それでいくと、今は中国がスピーディーです。彼らは変わると言ったら、すぐ変わる。国営企業はけっこうコンサバティブですけど、新しい会社は比較的若い層が経営していて、かつ留学経験もあって欧米の最先端を知っている人が多いので、変化が早い。

    田島 : 貴社は台北と上海にオフィスをお持ちで、特に中国では長く仕事をされてきていますよね。日本でやったことが中国で展開されるというより、今は中国が先になっていますか?

    遠藤 : そうですね。特にUXは考え方も実行力も、中国のほうがかなり進んでいると感じます。アリババ集団などは、全従業員がUXを理解してないと務まらないですし、話をしていてもレベルがすごく高いと感じます。

    まだ文化成熟度は日本のほうが高いので、現地では日本に対して、「みんな優しいよね」「つながりがあっていいね」と良く言ってもらえる面もあるんですけども。

    田島 : どう思います?

    遠藤 : 負けてますよね。

    田島 : うすうすそうなんだろうな、とは思っていましたが、遠藤さんがそう言われるのであれば、やはりもうファクトベースでそうなんですね。まず現状認識を改めるところから、われわれは始めていかないと。

    遠藤 : 私見ですが、日本が優れているのはフロントライン。なので、店員の方たちなどはすごくがんばっていると感じます。

    田島 : あとは仕組みの問題ですね。

    遠藤 : 第2次産業において適切な形は品質管理なので、その仕組みに乗っかっていくと商売道はあんまり関係ないんですよね。われわれのDNAに商売道がないわけではないし、失っているわけではないと思うんですけど、まだ仕組みに引っ張られていて、新しい時代にアップデートしきれていないという思いはあります。

    田島新しい需要を創造する力が必要ですよね。

    遠藤そのための組織はまた違う形なので、組織形態を変えなきゃいけない。

    そういう意味だと、新興系の企業のほうが強いですよね。例えばサイバーエージェントやリクルートは需要創造力があると感じます。生態系として、新しい会社が大きくなる流れもまた必要なのかもしれないですね。

    田島 : それはあるかもしれないですね。中国には上位企業に新しい会社がいますか?

    遠藤 : もちろん。2019年12月時点の時価総額の世界ランキングトップ10には、アリババ・グループ・ホールディング(1999年創業)やテンセント・ホールディングス(1998年創業)が入っていますからね。

    アメリカだとやっぱりGAFAですよね。

    田島 : そうですね。Google (1998年創業)、Amazon(1994年創業)、Facebook(2004年創業)、Apple(1976年創業)。Appleが新しいかというとそうでもないですが。

    遠藤 : まぁ、われわれががんばれよって話ですよね。「何やってんねん40代!」って(笑)。

    田島 : 本当にそうですね。

    遠藤 : スケールがちっちゃい! ただ日本企業があまり世界で大きくスケールしない背景もあって。日本がおいしいんですよね、楽だし、守られているし。

    田島 : 確かに。最近外国人を採用することが増えたんですが、日本は安全だと言われます。

    遠藤 : 犯罪セキュリティに気をつかわなくてもいいですからね。財布もこうしてデスクに置いておけますし。海外ではなくなりますよね、一瞬で。

    時価総額が大きいからいいわけではないですし、無理に変革をしなくていいのかもしれないですけれど。

    田島 : そこは、がんばりましょう。

    遠藤 : がんばりましょう。つまり、まだまだやれることはあるってことですよね。今も芽が出ていないわけではない。そういえば、カスタマーサクセスの文脈で、5社協業をされているんですよね。

    田島 : そうです。「カスタマーサクセス・プロトタイピング」というサービスで、電通デジタル、トレジャーデータ、パーソルプロセス&テクノロジー、アンダーワークス、NODEの5社がそれぞれの得意を担当する座組みで始まりました。協業社も増やす予定ですし、やれることは増えてきているとは感じています。

    遠藤 : そういった座組みである程度、大量にカスタマーサクセスのサービスが企業に提供されていくことで変わっていく可能性はありますね。

    今日は現状の問題についての話をしましたが、希望はその裏返しです。カスタマーサクセスの流れをきちんと作っていけば、そこから日本にも大きな変化が生まれていくんじゃないか、そう思っています。

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