2020.10.06

新型コロナウイルス対応で加速する中国のデジタルイノベーション

中国はここ数年、デジタル先進国として世界中から注目されています。今回、早い段階で新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)が発生したことで、その対応に世界各国から関心が寄せられました。

中国で暮らす人々の生活や企業活動は、コロナによってどのような影響を受けて、どのような対策を行い、変化したのでしょうか。

本セッションでは、4年前から上海に駐在している株式会社ビービットの酒巻厚志氏に、生活者の目から見た中国の変化を伺い、私たちも含めて、日本で活動する企業の皆さんにとって学べるヒントがないかを探りました。

※所属・役職は記事公開当時のものです。

株式会社電通デジタル
CX/UXデザイン事業部
事業部長

桑山 晃一

株式会社ビービット
上海オフィス所属
マネージャー

酒巻 厚志

中国国内のコロナ概況

桑山 2019年12月、湖北省武漢市(以下、武漢)でコロナが発生しました。その後の「都市封鎖」や、わずか10日の工期で稼働した「火神山医院」などの対応は、日本でも大々的に報道されました。

しかし、3月ごろから日本でもコロナが広がったり、欧米がパンデミックになったりして、中国の状況はあまり報道されなくなりました。3月以降、中国では実際どういったことが起きていたのか、お話しいただけますか。

酒巻 下の図は、中国の死亡者数や感染者数の概観(2020年6月17日時点)です。当初、武漢と、武漢以外の湖北省の都市はかなり危機的な状況でした。一方で、他の都市ではすぐに強い措置をとり、発生件数を抑えることができました。東京と比べても、感染者数、死亡者数、ともに非常に少ない状況です。

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全体的に、中央政府や地方政府の強いリードがあり、抑え込んできたという印象です。私が住んでいる上海は、「第2の武漢」にしないという強い意思で、1月末から以下のような強い対策をとったことで、発生数の抑え込みに成功しました。

  • 1/27~2/9まで企業活動を停止
  • 3/3~ 海外からの渡航者の2週間隔離
  • 3/28、中国人以外の海外からの入国を禁止(これは中国全体での措置)
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4月以降はコントロールしながら少しずつ解除を進めています。都市間の移動は厳しく制限されていますが、上海市内はだいぶ自由で、4月くらいから人出はだんだん戻ってきたという状況でした。

データとデジタルの活用

中国では特に、データとデジタルが活用されています。もともとあったデータ管理の仕組みに、コロナ対応が追加されたかたちです。実例を2つ紹介します。

1つ目は、個人の状態の管理を行う「随申コード(健康コード)」[注1]で、幅広く活用されています。赤(まだ隔離が必要)、黄(まだ少し危険)、緑(大丈夫)の3色で個人の健康状態を示し、通行証代わりに使われました。外国人もパスポート番号を入れて使います。

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随申コードは、行政情報と個人情報を掛け合わせた統合インフラです。身分証明、移動情報、位置情報、感染者との接触情報、病院の診療情報などを判断して、QRコードを作成する仕組みとなっています。コアシステムの開発にはアリババも関わっているようです。

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2つ目は、濃厚接触・感染発生場所の情報公開です。感染に関する情報や、自分が感染者と接触していないかを確認できる情報が、マクロ(国内外・省別の状況)とミクロ(市内の感染発生場所マップ、列車やフライト別の感染者発生状況)で一覧できます。

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上海の街は、2月、3月はがらがらでした。4月はじめから徐々に人が出てきている印象です。マスクは路上ではしなくてよくなっていますが、まだしている人も多く見られます。全般的に中国では、ほぼ日常を取り戻しつつあるようです。

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プラットフォーマーの対応と役割

桑山 中国では、こうした日常を取り戻すために、BAT(中国の大手IT系企業3社、バイドゥ〔百度〕、アリババ、テンセント)と呼ばれるプラットフォーマーがかなり重要な役割を担ったと聞いています。具体的にどういうことをやってきたのでしょうか?

アリババ

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酒巻 アリババは、もともと公共的なサービスもいろいろと手がけていました。先ほどお見せした随申コード(健康コード)もアリババが政府と協力して開発したインフラです。

有料のリモートワークサービスを最初に無料開放したのもアリババです。もともとシェアナンバーワンだったDingTalkを無料にして、ビジネスユーザーが使えるようにしました。コロナの間にグローバルでも展開して、いま日本でも無料で使えるようになっています。

あとは、マーチャント支援です。アリババグループが運営する中国最大のB2CオンラインショッピングモールであるTmall(天猫)の利用料引き下げ、関連金融機関の金利引き下げ、補助金提供、DX支援など、マーチャントを直接、間接の両方から支援しました。

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バイドゥ、テンセント、ByteDance

他社も、アリババと同じように、官と民に支援をしています。たとえば、コロナに関するマクロな感染状況がわかるプラットフォームは、テンセントとバイドゥが官からデータ提供を受けて開発しています。

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また、テンセントは「噂のデマ診断サイト」を開設しました。コロナ関連のニュースを集めて、専門家や医者が真偽を判定するサイトです。

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また、テンセントとByteDance(TikTok運営会社)は、リモートワーク系のサービスをアリババに続いて無料開放しました(テンセント:VooV Meeting、WeChat Work/ByteDance:Feishu, グローバルサービス名はLark)。いずれも2020年3~4月にグローバルで展開して、日本でも無償提供中です。FeishuはもともとByteDanceの社内ツール、VooVは中国国内だけのローカルツールだったのですが、アリババを追いかけ、このタイミングで迅速に展開した印象があります。

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最後の事例ですが、テンセントが、テンセントクラウド上で、コロナ対策に対応したクラウドサービスのパッケージを、市販で提供しています。ビジネス向け、医療機関向け、政府向けに分かれていますが、これらは、もともとあったパッケージをコロナ用に改良したものです。今後進むであろうオンライン医療の市場をにらんでいると思われます。

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桑山 プラットフォーマーの事例を中心にご紹介いただきました。コロナの対応に関しても、各社が従来から持っていた特色、強みが色濃く反映されているように思います。


アフターコロナにおけるアフターデジタル

桑山 中国は一足先にアフターコロナという状況を迎えつつあるようです。そうした中で、中国のアフターデジタル(リアルがデジタルに包み込まれた状況)は、今後どういう風に進んでいきそうでしょうか。

酒巻 すでにアフターデジタル化されていた社会が、コロナにより加速したというのが中国の現状かなと思っています。将来に向けてもこのまま加速して、関連する産業が重点産業として指定されていくのではないかと予想しています。ここでは注目すべき産業として、オンライン教育とオンライン医療を取り上げます。

オンライン教育のアフターデジタル

オンライン教育市場はもともと伸びていて、今後も伸びていくと思われます。今回のコロナをきっかけに、時限的ではありますが、オフィシャルに全国的に学校でオンライン教育が行われるようになりました。国による動画教育プラットフォームが開設され、国の3大通信キャリアにトラフィック確保が要請されました。けっこう大きなプロジェクトを短期間で立ち上げたなという印象です。

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ここでもアリババが教育機関向けに、ビジネス向けに先駆けて、DingTalkの有料機能を無料開放しました。「宿題と回答データの保存期限がない」「メッセージの既読機能」など、教育現場にとって使いやすい機能があって、広く使われています。

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オンライン医療のアフターデジタル

オンライン医療でも、やはり迅速に対応が進みました。もともと平安保険のアプリ「好医生(グッドドクター)」やアリペイ上でもオンライン問診がありましたが、アリババはAI問診も始めました。浙江省の行政アプリ上でリリースして、新型コロナに関する問診に絞っていますが、問題解決率は高いようです。あとはテンセントの「微医(ウィードクター)」も利用者が急増して、24時間体制で問診を受け入れられるようなサービスを開始しました。

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コロナの影響で規制も緩和されてきており、一部の処方薬販売が可能に、また、遠隔での保健医療が一部の省でだんだん認められるようになってきた、というところです。

今後の上海の重点領域

デジタル化の加速については、政府としても投資方針を出しています。上海に関して、今年の4月に、「産業のハイテク化」「サービスのデジタル化」「人の非接触化」を加速させる産業構造を目指して、重点投資していくという宣言(オンライン・ニューエコノミーの発展促進のための上海市行動計画2020~2022年)を出しています[1]。「非接触化」はコロナの影響により、新しく出てきたキーワードかと思います。

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当面は内需拡大の方針

経済にも大きな影響が出ているのは、ニュースでも報道されているとおりです。第一四半期のGDPが-6.8%と、1976年以来のマイナスとなりました。構造転換が必要ですが、当面は貿易が難しくなっているので、内需拡大を打ち出しています。

象徴的だと思ったのが、自動車の購入制限から促進への方針切り替え。あと、サービス消費、新型消費、レジャー向け消費の促進を掲げています。そのほかにも、家具や家電の購入促進など、内需を促進する措置を検討しています。

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日本企業への示唆

桑山 コロナによって日本のDXのあり方はどう変わるべきか。国としての成り立ちや人口の多さ、そうした違いを超えて、日本企業が参考にできそうな点を2つ挙げます。1つ目は「アジャイルによる攻守転換」、2つ目は「データをユーザー体験や社会に還元」です。

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アジャイルによる攻守転換

アリババやテンセントなどのITメガプラットフォーマーは、そもそも社内のオペレーションがアジャイルです。

アリババの健康コードのβ版は2月の初旬にリリースされました。武漢封鎖から1~2週間です。それから1週間で杭州市全体、さらに1ヵ月後に中国全土で使えるシステムに拡張されました。一連のスピーディな開発は、ローンチしてテストする中で、ユーザーのフィードバックを受けて改善していく、アジャイル型の開発プロセスを踏むことで実現されています。

さらに、自国の市場でブラッシュアップされたコロナ対策サービスを海外に輸出する動きも、早くから出てきました。6月上旬、広州でコロナ対策製品の見本市(広州国際防疫物資展覧会)が開催されています。

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コロナに対する守りとして開発したさまざまなサービスを、海外市場に対して攻める武器としても使う。そういったアジャイルによる攻守転換は、日本企業もぜひ参考にすべきです。

データをユーザー体験や社会へ還元する

もともと中国では、スマートフォンを通じて収集されたデータが、UXや生活を支える社会基盤として組み込まれ、さまざまなサービスに展開されていました。それがコロナを機に、社会インフラとしての重要度が増して、広範囲に適用されるようになりました。

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健康コードのほかにも、デジタル消費券(電子クーポン)を、アリペイやウィーチャットプラットフォームでターゲティング配信しています。データをUXや社会に対してどう還元していくのかという視点でサービスを捉えて、進めた結果、人々の生活に欠かせないサービスになって、さらにデータが溜まっていくという好循環が生み出されているように思われます。

このコロナを機に、日本でもさまざまな分野でDXがかなり進んできつつあります。本稿で酒巻さんがご紹介した事例には、日本でも実現できるようなものが多分に含まれています。コロナによる変化をイノベーションに転換して、DXやCXトランスフォーメーションを進めていくヒントにしていただけたらと思います。


最後に:「AGILE EXPERIENCE DESIGN LAB™」について

桑山 アジャイルの話も出てきましたので、最後に少しだけ宣伝もさせていただきます。このたび電通デジタルでは、「AGILE EXPERIENCE DESIGN LAB™(アジャイルエクスペリエンスデザインラボ)」という、アジャイルとUXデザインのアプローチでクライアント企業の新サービスの立ち上げを支援するサービスのリリースを予定しています。

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具体的には、顧客理解、体験設定、MVP(Minimum Viable Product:必要最低限の機能を有するプロダクト)開発といった、アジャイル型のデザインプロセスをクライアント企業の皆さまと共創型で実施して、ごく短期間でデジタルプロダクトの市場投入までこぎつけてしまおうというものです。さらに、そのプロセス自体をクライアントの皆さまと共有することで、われわれのアジャイルやUXデザインのスキルトランスファーを実現しようというサービスにもなっています。

こういったサービスを通じて、企業の皆さまの新しい未来を切り開くお手伝いをしたいと思っています。興味を持っていただけるようであれば、ぜひお声がけください。

(本記事は、2020年6月18日、19日に開催された「CXトランスフォーメーションセミナー ~近未来思考で挑む顧客体験起点のDX~」のセッションで発表された内容を再構成したものです)


脚注

注釈

1. ^ 中国では、都市ごとに健康コードの名称が異なり、上海市の健康コードを「随申コード」という。

出典

1. ^ "上海市がオンラインエコノミーの推進方案を発表".JETRO.(2020年4月17日)2020年7月29日閲覧。

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