企業を取り巻く事業環境がダイナミックに変わる中、デジタルトランスフォーメーションや新規事業開発をスピーディーに進めるには、今までと異なるアプローチが必要です。
企業文化や企業風土、人材不足が足かせとなっている企業が、デジタルサービス開発を進めていくためには、何が必要なのでしょうか。
本稿では、企業のデジタルマーケティング活動やデジタルトランスフォーメーションの推進を支援する電通デジタルと、グローバルで豊富なアジャイル開発実績をもつモンスター・ラボ社が、今後の事業活動のあり方・進め方を、全2回で解説します。第1回は「構想フェーズ」の進め方を取り上げます。
※所属・役職は記事公開当時のものです。
国内企業におけるDX推進の問題点とは?
日向 いま、多くの企業でDXに対する注目が高まっていますが、その外部環境を整理してみると、以下の4点にまとめられます。
- デジタル・ディスラプション
Amazon、Uber、Airbnb、Netflixといったデジタルサービスが既存事業社の顧客を奪いながら、さらに大きく成長しようとしています。企業は、今までの競合だけでなく、彼らへの対抗戦略も考えなくてはならなくなりました。
- テクノロジー環境の変化
クラウドサービス、API活用基盤など、今までよりローコスト、スピーディーにソフトウェアを開発する環境が整ってきています。データを活用したマーケティング施策やエンゲージメント構築も可能になっており、DXを実施する環境はかなり整備されてきました。
- 経産省もDXを積極的に推進
経産省は2018年後期に「DXレポート」と、それに基づいた「DX推進ガイドライン」の策定を公表し、継続的に関連する提言や政策を実施[1]。「2025年の崖」[注1]克服へ向けて、企業の早期のDX推進を推奨しています。
- 生活価値観の大きな変化
もっとも企業に影響を与えた外部環境。新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の流行によって、人々の生活や価値観は劇的に変化しました。これらの外部環境から、多くの企業が「DXを起こさなければ後がない」と危機感を持つようになったと考えられます。
しかし、いざDXを推進しようとしても、なかなかうまくいかないケースがあります。多くの場合、その問題点は4つに集約されます。
- 目的・ビジョンが不明確
- 社内にDX、UXを推進できる人材が不在
- 社内の抵抗勢力の存在
- 予算獲得の難しさ
これら問題点をクリアしながらDXを推進するために、われわれが一つの解として持っているのが、アジャイル開発をベースとした「デジタルサービス開発プロセス」です。
「デジタルサービス開発プロセス」では、DX推進のプロセスを、「構想フェーズ」「開発フェーズ」「グロースフェーズ」と3つのフェーズに分けています。
それぞれのフェーズでは、反復的にユーザーの反応を見ながら、スピーディーな仮説検証のプロセスを回していくことが、何よりも重要です。それによってナレッジが蓄積され、同時に社内人材も育成されるという好循環を生み出せます。以下、それぞれのフェーズの進め方を順番に解説します。
構想フェーズ:デザインスプリント
三橋 「構想フェーズ」の取り組みにおいて効果的なフレームワークの一つに「デザインスプリント」があります。
デザインスプリントとは、短期間(本来は5日)でデザイン、プロトタイピング、ユーザーへのアイデア検証を行う、課題解決型プロセスのことです。新製品や新サービスを市場に投入する際のリスクを減らすことができます。
ここでは、あるクライアント企業のアプリ改善プロジェクトを例に、デザインスプリントをどのように進めているかを紹介します。
参加メンバーは、クライアント企業、電通デジタル、協力会社の3社から集まった複合チームです。なお、本来、デザインスプリントのアウトプットに際しては、全員が一堂に会して実施する形が望ましいですが、今回は、オンラインホワイトボードツール「miro」をフル活用して、実際にメンバー全員が顔を合わせているかのような形で進めました。
今回行ったデザインスプリントでは、
- ライトニングトーク
- 体験価値の創出
- 体験価値の具体化
- 課題の再整理
- アイデアの量産
- ソリューションスケッチ
という過程を経て、最終的には2つのアイデアを「プロトタイプ」として実施しました(下図では「体験価値の創出」「体験価値の具体化」は省略しています)。
ライトニングトーク
ライトニングトークとは、5分程度で行う短いプレゼンテーションのことで、今回は「How Might We(HMW)」というブレストテクニックを使っています。これは、出された課題に対して、「私たちは、どうすればこの課題を解決できるだろうか?」という問いを立てて、「どうすれば」の部分を考えるというものです。
ライトニングトークのテーマは、クライアント企業、電通デジタル、協力会社それぞれに、異なるテーマを割り振って進めていきました。その際に重要なのは、CXにまで視野を広げて課題や改善案を洗い出す意識を持つことです。
体験価値の創出
次は体験価値の創出を行います。なお、『経験経済』(B・Jパイン、J・Hギルモア)によると、体験価値は、「顧客の満足を高める(Satisfaction)」、「我慢を減らす(Sacrifice)」、「驚きを提供する(Surprise)」、の3点いずれかによって向上させることができるとしています。われわれは、この3点を再構成して、以下の4つの切り口を用意しました。
- 良い面を伸ばす(ユーザーが喜ぶポイントをさらに良くするには?)
- 悪い面を除去する(ユーザーが不満なポイントをなくすには?)
- 前提をなくす(当たり前になった行動を変えることはできないか?)
- ユーザーを変える(特定のユーザーを確実に取り込むことはできないか?)
Hooked Model~体験価値の具体化
これらの切り口を用いて提供すべき体験価値を定めたら、次は、どのような機能/体験に落とし込むべきか、具体的に設計します。そのために、「Hooked Model(フックモデル)」という顧客体験のプロセスを使って、製品・サービスの利用が習慣化する機能を洗い出し、前段で創出した体験価値を具体化していきます。
「Hooked Model」とは、ユーザーがあるサービスにはまって習慣化するまでのインタラクションをモデル化したサイクルです。Nir Eyalが『Hooked』という本で提唱しました。「トリガー(きっかけ)」「アクション(行動)」「リワード(報酬)」「インベストメント(投資)」という、4つのプロセスを繰り返すことで、製品・サービス利用の定着化を促します。
課題の再整理
「体験価値の創出」と「体験価値の具体化」の次は「課題の再整理」を行います。Affinity Mapping(親和性マッピング)で、軸ごとにまとめていったり、Impact & Effort Matrixを使って4象限に分けて、どの課題を解決するともっとも効果があるのかを、探っていきます。
アイデアの量産
次は再整理された課題に対して「Crazy 8's(クレイジーエイト)」というステップを踏みます。「Crazy 8's」とは、短時間で大量のアイデアを量産するための方法論で、8分間で1人8つのアイデアを出すというものです。
ソリューションスケッチ
出されたアイデアの中から良いと思われるアイデアを選び、「Solution Sketch(ソリューションスケッチ)」というUIのスケッチを行います。それをもとに実際にデザイナーにデザインを起こしてもらうため、実現可能な内容に仕上げることが重要です。
プロトタイプの作成、ユーザー調査
ソリューションスケッチをもとにデザイナーにデザインを起こしてもらい、プロトタイプを作成します。そして、プロトタイプをユーザーに体験してもらい、良い面、悪い面を書き出してもらいます(ユーザー調査)。それがまた新たな課題となって、それを改善するためのアイデアを考える。ここまでの一連のプロセスがデザインスプリントです。
デザインスプリントのメリットと注意点
デザインスプリントを効果的にするためには、参加メンバーに多様性を持たせることは非常に大事です。現場の人間だけでなくマネジメント層が参加することで、その後のコミット具合は大きく変わります。また、業務に関わっている人だけでなく、そのサービスには触れたことがない人も混ぜたり、アイデア段階からエンジニアにも参加してもらうことで、異なった視点がどんどん出てくるはずです。
デザインスプリントを実施する最大のメリットは、いろいろな立場の人間が参加するため、関係者の合意形成がしやすいことです。また、短期間ながら常にメンバー全員が集まって濃密に課題をこなすため、圧倒的なチーム感が芽生えます。最後にユーザー調査を行いますが、普段顧客の生の声を聴く機会のないマネジメント層にも、そういったことを聞いていただくいい機会となっており、実装へのスピード感が増すポイントにもなります。
(本記事は、2020年10月21日に開催されたウェビナーの内容を再構成したものです)
脚注
注釈
1. ^ 経産省のDXレポートでは、レガシーシステム(旧式の基幹業務システム)を維持し続けることで、2025年以降、IT人材の退職、使用言語のサポート終了などによって、システムの運用/管理がままならない状態に陥る可能性があると指摘。またレガシーシステムの維持によってDX導入が妨げられることで、企業の国際競争力が著しく低下するとも指摘する。その状態を「2025年の崖」と名付け、それによる経済損失を最大年12兆円と試算している。
出典
1. ^ "産業界におけるデジタルトランスフォーメーションの推進".経済産業省(2019年7月31日)2020年10月28日閲覧。
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