2017年4月に設立されたアドバンストクリエーティブセンター(以下、ACRC)は、電通デジタルのクリエーティブ領域を専門とする組織です。ACRCでは、「AIやテクノロジーと協働することで、人はもっとクリエーティビティを進化させることができる」を旗印に、これまでにさまざまな、AIを活用したクリエーティブテクノロジーを発表しています。
そのひとつに、AIを活用したバナーの大量自動生成ツールである、ADVANCED CREATIVE MAKER®(以下、ACM)があります。
2018年5月にβ版を発表、2019年5月には機能を拡充・高度化させたVer.1.0を公開、そして、2020年3月にはシステム全体をサーバーレスに移行することでバナー生成速度を大幅に向上させたVer.2.0を公開し、これをもって正式版として展開していく予定です(2020年2月14日時点)。
本稿では、ACMの開発に関わっている、電通デジタルの泉正太、サーバーレスへの移行をサポートしていただいたアマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社の石本遼氏、実際の開発を担当したデータアーティスト株式会社のウーガンスレン サンブ氏の各氏に、今回のバージョンアップに至った過程と、ACMのアピールポイント、今後の展開などを伺いました。
※所属・役職は記事公開当時のものです。
ACMはどのようにしてバナーを大量生成するのか?
──まず、ACMとはどういうツールか、教えてください。
泉 : ACMは、「バナー広告の配信候補を、大量に、自動生成するクリエーティブ制作支援ツール」です。実際に配信するバナーを生成するわけではなく、配信するための候補となるバナーを大量に、自動で生成することができるものです。
現在は、1枚のバナーを1秒以内で生成することが可能で、ごく短時間で大量のバナーを生成することができるのが特徴のひとつですが、今回のバージョンアップによって、この処理スピードがさらに向上しています。
ACMでバナーを自動生成する流れをご説明します。
①オリエン情報などを入力
まずは、制作したいバナーのオリエン情報を入力します。業種やキーワード、訴求軸を入力し、電通オリジナルのAIコピーライター「AICO(アイコ)」が生成したコピーや、商品情報やロゴデータも併せて読み込ませます。
②バナーのデザインを大量に生成
それらを使って自動生成システムが、配信候補となるバナーのデザインを高速かつ大量に組み上げていきます。
③AIが配信候補のCTRを予測し、ランキング形式でリスト化
AIを使って、CTR(Click Through Rate:クリック率)予測を行い、ランキング形式でリスト化して候補を絞り込み、最終的に人間のクリエーターの目で確認して、もっとも優れた案を利用するという流れです。
Ver.1.0では、「AIアートディレクター」というAIを利用したクリエーティブ評価機能も搭載しており、より短時間で効果的なバナー広告を制作、選択することができるようになっています。
クリエーターの働き方改善に寄与
──ACMのアピールポイントはバナーの生成量と生成スピードになるのでしょうか?
泉 : 確かに、それはアピールポイントのひとつなのですが、加えて、バナーを速く、大量に、自動生成することで、クリエーターの働き方改善に寄与できるというのも大きなポイントです。
電通デジタルでは、データ/AIとクリエーティビティの融合を目指し、実作業をクリエーターとAIが担う新たな協働のかたちを、「アドバンストクリエーティブ」と名付けています。AIで自動化できるところは自動化し、人間がよりクリエーティブな業務に集中できる環境を提供するのが、ACRCが目指す未来です。
ACMもそうした理念のもとに作られたツールです。必ずしもすべてのクリエーターが関与する必要がない部分をACMがAIの知を使って支援します。切り分けられる負荷を軽減しAIと協働していくことで、クリエーターにはよりアイデアや表現に注力してもらうことができると考えます。電通グループのデータとAIの知、そしてクリエーターの感性が総合的に活かされる、優れたクリエーティブ開発を可能にできるのも、ACMのアピールポイントです。
──ACMの恩恵を一番大きく受けるのは、やはり現場のクリエーティブディレクターやデザイナーなのでしょうか?
泉 : 他にも、ACMは、候補となるバナーを自動で作ることから、発想支援ツールとしての役割も期待できます。A/Bテストで「勝ちクリエーティブ」が固定化してPDCAが停滞するフェーズに至った場合、ACMが制作したバナー候補を参考にアイデアを広げていく、といった使い方も可能です。
また、配信実績などのパフォーマンスデータに裏づけされたバナーの自動生成は、クリエーターの個人的知見やリソースに寄りすぎることがありません。効果の期待できるクリエーティブをこれまでよりも早く広告展開し、最適化のフェーズに乗せていけることは、制作現場だけでなく、クライアントにも大きなメリットがあると考えています。また、気軽にバナーを試作できるため、デジタル広告の効果改善にも寄与できるはずです。
ACMの開発には人工知能開発を得意とするDDAMが参加
──ACMの開発は、他のグループ会社と協業されているのですよね?
泉 : はい。ACMは、ACRCと電通、データアーティストの協業で制作していますが、実際の開発は、Dentsu Data Artist Mongol(以下、DDAM)のエンジニアが担当しています。今回のバージョンアップの目玉であるサーバーレス化を実施するにあたっては、彼らの存在は必要不可欠でした。
サンブ : DDAMは、データアーティストの子会社で、おもに人工知能の開発拠点としてウランバートルに開設されたオフィスです。モンゴルは国を挙げて数学教育に熱心で、数学オリンピックの強豪国と知られています。DDAMにも優秀なAIエンジニアやデータサイエンティストが多数在籍しており、その多くが20代と非常に若いのが特徴です。
彼らは総じて機械学習やサーバーレスなど、最近注目を集める技術に関して関心が高く、学びが早いという強みがあります。
AWSの採用で、速さと安定性を手に入れた
──今回のバージョンアップのポイントは何でしょうか?
泉 : 一番大きいのは、サーバーレス技術を採用したことですね。これまではオンプレミス(自社運用)のシステムでバナー生成を実行していましたが、その環境ではリクエスト数に応じて柔軟にサーバーを拡張、収縮させることが難しく、実用には不向きな仕組みでした。それゆえ、処理時間もバナー生成の枚数に比例して長くなるという問題もありました。また、生成途中にシステムの都合で止まるなど、安定性にも課題がありました。
そうした問題を解決するため、高速で大量生産を可能にする並列処理が可能なクラウドサービスへの切り替えを検討しました。最終的にアマゾン ウェブ サービス(以下、AWS)のコンテナ向けサーバーレスコンピューティング「AWS Fargate(ファーゲート)」を利用することにしました。
サンブ : サーバーレスとは、クラウドネイティブな概念で、サーバーの存在を意識することなくシステムを構築・運用することができる仕組みです。
マネージドなクラウドサービスを用いることで、エンジニアはサーバー運用/保守の手間から解放され、開発に集中できるのがメリットです。2016年以降、ServerlessconfやServerlessDaysなど、「サーバーレス」というテーマに絞った大規模な国際カンファレンスも開催されており、今大きく注目を集める技術のひとつでもあります。
──サーバーレスへの移行において、AWSのサービスを採用した理由は何ですか?
泉 : クラウドサービスの中でも、AWSはデファクトスタンダード的なポジションを確立しており、AWSに関するTIPSや知見を得やすい状況だったのがひとつのポイントでした。ただ、最終的な決め手は、サポートの手厚さです。
サンブ : AWSは公式ドキュメントも充実していますし、学習しやすいですよね。
──具体的には、どんな感じでサポートされていましたか?
石本 : AWSでは、現在175種類以上(2020年2月14日時点)のサービスを提供しており、それぞれのサービスは「ビルディングブロック」と呼ばれることがあります。アーキテクチャを決定する際、われわれのほうからこのサービスを使うといいですよというピンポイントな提案をすることはせず、要件にフォーカスしてお客さまと話し合います。
今回も、ACMとはそもそもどんなツールか、求められている要件は何かを、泉さんと一緒に理解を深めた後、ホワイトボード上で各ビルディングブロックの組み合わせ方について議論することで、アーキテクチャ設計を進めました。
泉 : アーキテクチャを設計していく中で、実際に検証してみないとわからないというところも出てきますが、それに関しても、Slackや対面などで密にコミュニケーションを取りながら進めてきました。ここまでやっていただいて、本当にありがたかったです。
石本 : 弊社としても、今回のACMのサーバーレスへの移行は特に手厚くご支援させていただいたプロジェクトで、成功事例として紹介していただけるのはソリューションアーキテクトとして非常にうれしく思っています。
個人的にも、「Serverlessconf NY 2019」に泉さんが登壇され、今回の事例を発表されているのを拝見したときは、非常に感慨深かったですね。
石本 : これから正式版として2.0がリリースされますが、当然改善ポイントが出てくるでしょうし、今後も継続的にご支援していきたいと思っています。
今後への期待と言うとおこがましい話ですが、電通グループ全体でシナジーを出したり、ナレッジを共有したりできるよう横展開につながっていけばいいなと思っており、その際には、AWSがハブとなってグループ会社同士をつなぐイベントなどを企画できればとも考えています。
まずはクリエーティブリソースの少ないグループ会社に使ってほしい
──今後はどのような展開を考えていますか?
泉 : そもそもACMは、クライアントのビジネス課題をクリエーティブに反映するためのツールです。クライアントに直接使っていただくというよりも、クリエーティブの制作代行をする広告会社として、われわれ自身が使っていくというのが、当面の方向性になります。ですので、ACMのユーザーとして現在想定しているのは、電通デジタル、およびクリエーティブリソースが少ないといった、電通のグループ会社です。
すでに、海外のグループ会社からいくつか問い合わせがあり、台湾の電通国華へは2019年7月から提供を開始しています。今後は、国内グループ会社へもアプローチしていきたいです。
もちろん、ACMの開発はこれで終わりではありません。今回のバージョンアップで、大量にバナー候補を生成する環境は整いましたが、肝心の生成物のクオリティが伴っていなければ話になりません。もちろん現時点でも十分実用できるレベルではありますが、今後は、さらなるクオリティの向上にこだわりを持って取り組みたいと考えています。
そのためには、過去の配信結果、データにもとづく知見と、クリエーターの感性といったものをどう融合させて、ツールに落とし込むかを、ひとつひとつ課題として取り組んでいくことが重要なのかな、と考えています。
サンブ : 私たちも、今後も、最新の技術や、私たちが得意とする機械学習などを活用して、ACRCと一緒に取り組んでいきたいと思います。
──最後に、ACRCのアピールをお願いします。
泉 : ACRCは、電通グループが持つ豊富なマーケティングデータを活用し、クリエーティブ制作を進められる画期的な組織だと自負しています。
エンジニアの視点から言えば、クライアントのニーズに沿った開発を行うことで、日進月歩で進化する最新技術を現場で活かし、チャレンジすることができます。AIやデータが持つ可能性と、クリエーティブが持つ可能性の双方を開発の力で引き出して、クライアントの支援ができる組織であり続けたいと考えています。
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