GDPR(EU一般データ保護規則)や改正個人情報保護法など、データ利用における個人情報・プライバシーの保護は世界的な潮流となっています。
そうした状況の中で価値が高まりつつある「ゼロパーティデータ」の重要性と、それを活用したロイヤルティマーケティングの進め方について、5社の事例を参照しながら、電通デジタル 白髭良、チーターデジタル株式会社 村田元太郎氏(Sales. Div / Client Success Div Director)と吉田守博氏(Strategic Services Director)が解説します。
データ運用やプライバシーポリシーを見直す絶好のタイミング
電通デジタル 白髭 良(以下、白髭) : プライバシー保護の厳格化は今や世界的なトレンドです。日本でも改正個人情報保護法が施行されました。この改正法に合わせて、事業会社、広告代理店、プラットフォーマーなどがさまざまな取り組みを行う必要が出てきています。
改正法への対応を上司に説明したら、「売り上げは上がるの?」「集客に影響があるんじゃないの?」と言われて困っている、という話もよく耳にします。運用負荷が高くなり、新たなコストも発生するため、法改正対応のポジティブな面を社内に説明できないというのが、多くの担当者に共通する悩みではないでしょうか。
とはいえ、法改正を必要以上にネガティブに捉えてはなりません。個人情報保護の流れは世界的なものですし、データ活用に求められるルールが緩和することは考えられません。
であるなら、いっそこの機会を、「自社マーケティングのあり方とデータ活用方法を抜本的に見直す絶好のタイミングだ」と、ポジティブに考えてみてはいかがでしょうか。
プライバシーポリシーを改訂し、ユーザーの許諾も取り直すとなれば、ユーザーに対してデータや施策、顧客体験の内容を改めて説明することにもなります。ユーザーのロイヤルティ(忠誠心。企業に対する信頼や愛情)を高め、自分から進んでデータを登録したくなるような仕組み、すなわちロイヤルティマーケティングの設計・構築を進める好機です。
ロイヤルティマーケティングには「ゼロパーティデータ」が必要
企業と顧客が長期・継続的に関係を維持するためには、「ロイヤルティマーケティング」は大変ポピュラーな手法です。ユーザーに対して物理的・心理的なインセンティブを提供することで、ロイヤルティを高め、購買の拡大へとつなげられます。
ロイヤルティマーケティングの実施に際しては、「ゼロパーティデータ」が重要な概念になりつつあります。ゼロパーティデータとは、「ユーザーが企業に対して意図的に、『自分のことを分かってもらう』ために提供するデータ」です。
2018年、ForresterのアナリストFatemeh Khatiblooによって定義された[1]ゼロパーティデータには、顧客自身が意図的、かつ積極的にブランドと共有したい情報、たとえば購入意向や、個人的な文脈、自身をブランドにどう認識してほしいか、といったデータが含まれます。
顧客のロイヤルティやLTV(Lifetime Value:顧客生涯価値)を高める方法としては、いわゆるポイントプログラムも多数採用されています。しかしそれだけでは、ロイヤルティやLTVを高めるのは難しいとも言われています。
単純なお得感だけではなく、優越感や満足感を感じてもらうことでロイヤルティを理想的に高めるロイヤルティマーケティングの実現には、ゼロパーティデータが必要不可欠なのです。
データ提供に関する生活者のマインドは変化している
チーターデジタル 村田元太郎氏(以下 村田氏) : チーターデジタルの調査によると、「ブランドサービスの向上と引き換えなら、自分のデータを提供しても構わない」と思う生活者は55%もいます。さらに、「先行販売のお知らせや会員限定商品への案内を受け取れるなら、進んでデータを企業に渡す」と回答する生活者は、なんと86%にも上ります。
企業はそうした声に応えるべく、お客様を理解するためのゼロパーティデータをしっかりと集め、さらにその先にある価値の提供、ロイヤルティ体験の推進を目指すべきです。
ゼロパーティデータは1stパーティデータと違い、通常のトランザクションの中からは得ることができません。
以下の図の左側、「性別・年齢」「居住エリア」「購入履歴・金額」などが属性&トランザクションデータにあたります。対して右側、「ライフステージ」「旅行スタイル」「勤務スタイル」「趣味・興味領域」など、表層化していない情報がゼロパーティデータです。
顧客に関するより深いデータであるゼロパーティデータを使えば、従来のMAのシナリオやパーソナライゼーションよりも高度なセグメンテーションで、One to Oneマーケティングを行うことが可能になります。
ここからは、ゼロパーティデータの収集事例を3社紹介します。
ラコステの「ポロシャツの着用シーン」アンケート
ポロシャツで有名なラコステのECサイトでは、初回購入者の大半が半袖のポロシャツを購入します。この購買データのみをもとに販売戦略を立てると、「永遠にポロシャツをレコメンデーションすべき」という結論になってしまいます。
チーターデジタルとラコステの取り組みでは、隠れた人気アイテムである「長袖ポロシャツ」の販売拡大にチャレンジすべく、ゼロパーティデータを収集しました。
具体的には、ECサイト上で「ポロシャツの着用シーン」「チャレンジしたいポロシャツの色」などのアンケートを行いました。
「利用シーンや好みを顧客に聞く」という手法は、店頭では従来から行われてきた、定番的な接客手法です。この手法を参考にして、ゼロパーティデータを明確に取得しようと取り組んだのです。お客様の反応も良く、従来の2倍以上の反応率を得られました。
JTBの「クイズに答えて旅に出よう」キャンペーン
続いては、旅行会社のJTBが実施した事例です。旅行が難しいコロナ禍でも旅行需要、お客様とのつながりを維持しようと、「クイズに答えて旅に出よう」というキャンペーンを企画しました。47都道府県別のトリビアクイズを用意し、お客様にお楽しみいただきながら、旅行ニーズを収集しました。
このキャンペーンには、わずか10日間で4万件以上のエントリーがありました。その後も旅行ニーズに合わせたレコメンデーションや、人気の都道府県別ランキングなどをコンテンツ化し、旅行需要の喚起するコミュニケーションをとることができました。
Vansはオンボーディング時にゼロパーティデータを収集
米国の例になりますが、アパレルメーカーのVansでは、お客様がロイヤルティプログラムに登録するオンボーディングのタイミングで、趣味嗜好に関する非常に細かな確認をし、これをパーソナライズに活用しています。
以上、データ活用の「入口」にあたる戦略として、ゼロパーティデータの収集事例を紹介しました。
日本でも個人情報保護法改正によって、3rdパーティデータやCookie情報の使用は制限されます。“顧客の解像度”を高めるために、正しくデータを取得すること、中でもゼロパーティデータの取得がより重要になると考えられます。
生活者は、好きなブランドにならデータを提供する
チーターデジタル 吉田守博氏(以下 吉田氏) : ここからは私が「出口」側、ゼロパーティデータを活用して、どのようにLTV向上を達成するか、そのためにどのようにゼロパーティデータを活用してお客様とつながっていくかを説明します。
チーターデジタルの生活者アンケート調査からは、2つの重要な示唆が浮かび上がっています。
1つ目は、「生活者は好きなブランドにはデータを提供してくれる」。好きなブランドのロイヤルティプログラムに、個人情報や嗜好データを提供する生活者の割合は、92%にも上りました。
2つ目は、「生活者は“好み”のブランドにお金を払う」。好みのブランドからの購入にお金を多く払うという生活者の割合は56%にも上っています。半分の生活者は、ただ安いからではなく、好きだから買うのです。
生活者は「好きだ」「共感できる」と感じるブランドを大切にしています。重要キーワードは「感情」です。ロイヤルティプログラムでLTVを伸ばすには、ゼロパーティデータで生活者の感情や共感ポイントを把握し、つながりを深められるように設計することが重要です。
ここからは、ゼロパーティデータを活用したロイヤルティプログラムの成功事例を紹介します。
Vansのロイヤルティプログラム
米国のアパレルブランド「Vans」は「Vans Family」というロイヤルティプログラムを展開しています[2]。
お客様にはプログラムの初回登録時に、さまざまな質問をします。まず興味の対象です。スケーターなのか、サーファーなのか、BMXのプレーヤーなのか、スキルレベルも尋ねます。セミプロなのか、初心者なのか、これによってお薦めする商品が変わってきます。さらには商品に関してどれぐらい知識があるのかを聞き、最後に購買ニーズを確認します。
Vansでは、ゼロパーティデータを取得するためにポイント類を付与していません。写真を多用したり、聞き方を工夫したりして、ゼロパーティデータを取得しています。
「Vans Family」では、ロイヤルティプログラムで獲得したポイントは、ECでの割引には使用できません。割引ではなく、ブランド価値を高めるようなコンテンツへの招待など、金銭的ではない体験価値や感情に訴えかけるような特典に対し、マーケティング資源を配分します。
もちろんこれはすべてのブランドに適用できる方法ではないかもしれません。しかし、皆様のブランドでどのようなことができるのか、考えるきっかけにしてみてください。
ブランドが目指す世界感を共有するTHE NORTH FACEのロイヤルティプログラム
アウトドアブランドのTHE NORTH FACEでは、2021年に米国のロイヤルティプログラムをリニューアルしました。
商品購入だけでなく、「お客様にとってほしい行動」、たとえば「友人を紹介する」「環境へ貢献する」「自然公園を探検する」「再生製品を購入する」などにもポイントを付与します。これにより、お客様の価値観、行動データなどが取得できますし、ブランドが目指す世界感・ライフスタイルを一緒に作っていこうというメッセージにもなります。
THE NORTH FACEのロイヤルティプログラムは、「ソフトベネフィット」と「ハードベネフィット」を上手に組み合わせています。ソフトベネフィットとは、ファンが喜ぶような限定ギアの提供、会員限定フィールドテストなど。「ハードベネフィット」はポイント割引などのことです。そのバランスのとり方という点でも大変参考になる事例です。
購買データをフルに活用する米国Starbucks
最後に、米国Starbucksの事例です。米国Starbucksでも2020年にロイヤルティプログラムを大幅リニューアルしました。
購買データをフルに活用しているのが特徴で、たとえば毎朝カフェラテを買うようなお客様に対しては、「Star Streak」という7日間連続でカフェラテを購入するチャレンジを提供します。
普段買わない商品、興味が薄い商品のキャンペーンと比べ、好きな商品、頻繁に買う商品のキャンペーンならば、ユーザーは参加しやすいでしょう。そうした「熱量の高い客」へのキャンペーンを展開することで、Starbucksは顧客とより深くつながろうとしています。
飲食ビジネスは、そのビジネスモデル上、繰り返し来店してもらうことが大変重要です。クーポンを乱発するのも1つの来店促進かもしれません。しかし「私が好きな商品を知った上で、なおかつそれを割引してくれる」と顧客が感じてくれるなら、それは特別な関係を築くきっかけともなるでしょう。
そうした事情を踏まえ、Starbucksは来店促進のためのクーポンもパーソナライズし、個人の嗜好に合わせています。
ロイヤルティプログラムでどのような価値を提供するか
白髭 : 個人情報保護の流れが強まり、お客様からのデータ取得がますます難しくなっています。そうした中で、ゼロパーティデータの取得と活用、そしてロイヤルティプログラムの重要性が高まっていくことは間違いありません。
しかし、それをどう実践するかは大きな課題です。時代の変化に合わせつつ、自社のブランドは生活者にどのような価値を提供すべきなのか。ロイヤルティプログラムを変えることで、どのような価値を提供できるのか。企業はそうした本質的な問いに答えを出し、進めていかなくてはなりません。
自社だけでは時代の流れを読みきれない、視野が狭まってしまう、どのように実装すれば良いのかわからないというときは、私たち電通デジタルへお気軽にお問い合わせください。最適なサポートをご提供いたします。
●脚注(出典)
1. ^ Fatemeh Khatibloo. "Q&A: What Marketers Need To Know About Zero-Party Data". Forrester.(2018年10月10日)
2. ^ Join the Vans Family!. Vans.
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