大正5年に創業し「黒霧島」「白霧島」をはじめとする酒類の製造・販売などを展開する霧島酒造。国内だけで年間約600億円の売上を誇る同社は、コロナ禍に受けた打撃から再起を図るべく「DXにより大きな飛躍を」と目標に掲げ、趣味嗜好の多様化により焼酎を飲まない層が増えてきている中、よりファンに寄り添い、ともに歩むため全社横断のDX推進プロジェクトを始動した。そこで、今回は霧島酒造でDX推進本部の係長を務める大久保昌博氏と、プロジェクトに伴走する電通デジタルの矢内岳史氏、電通九州の久保田充紀氏を招き、DX推進の全体像や今後の展望を聞いた。
2022年9月15日にMarkeZineに掲載された記事を転載
社内勉強会でDXの必要性を痛感
MarkeZine編集部(以下、MZ):皆さんの業務内容について教えてください。
大久保(霧島酒造):私は霧島酒造において、コミュニケーション施策に長年従事してきました。現在は2022年4月に新設した部署においてDX推進を担当しています。
矢内(電通デジタル):私が所属するのは、Salesforceプラットフォームを中心としたCRMソリューションのプリセールスからデリバリー、活用支援までを一気通貫で行っている部署です。私はその中でも特にプリセールスを担当しています。
久保田(電通九州):私は電通九州でデジタルマーケティングのコンサルティングをしています。担当する範囲としては、Web広告による集客のみならず、CRMやECなどのシステム構築も行っています。
MZ:霧島酒造では、デジタルシフトが著しい昨今の社会情勢を鑑み、全社でDXを進めていらっしゃると伺いました。その背景を教えてください。
大久保(霧島酒造):実は、2018年頃から電通デジタル・電通九州に協力いただいて、公式サイトのリニューアルや公式SNSアカウント、Webマガジンの立ち上げ、MAツールの導入などを徐々に行ってきました。2021年5月、各部門から複数人を選出し、DX推進事務局を開設。まずは社内に向けてDXの重要性を理解してもらうべく、行政や電通デジタルなど複数の取引先を招いて社内勉強会を20回開催しました。
事務局の活動を通してDXによる事業成長の可能性を感じ「やはり当社もDXに取り組んでいかなければならない」という機運が高まったのです。そこで2022年4月にDX推進本部を新設。DXプロジェクト全体が経営層直下のため、情報伝達や決裁のスピードは非常に速いと感じています。
霧島酒造が掲げるDXの「3本柱」
MZ:霧島酒造では本プロジェクトの推進に際し、3つの領域を定められたそうですが、それぞれの概要を教えていただけますか。
大久保(霧島酒造):そもそもDXは全社で取り組むべきではあるものの「デジタルトランスフォーメーション」と聞いても、従業員にとっては内容を理解するのが難しいのではないかと懸念しました。そこで、DXの全体像をわかりやすくするために「製販プロセス」「顧客体験」「従業員体験」の3つの領域に分けました。
大久保(霧島酒造):製販プロセスの変革を社内では「あじわいDX」と呼んでいます。焼酎の製造に関し、原料であるさつまいもの調達から製造管理、物流、販売にいたるまでのプロセスを見直すとともに、効率化に加え、より高品質な製品を提供できる環境の構築を目的にしたものです。あじわいDXの推進を機に、さつまいもが持つ可能性をさらに見出し、当社が培った発酵技術を様々な領域に展開しようとしています。直近では甘酒やクラフトコーラの販売なども行っています。
2つ目の柱が、顧客体験の向上を目指した「くつろぎDX」です。当社のビジネスモデルはBtoBtoCで、顧客は2つの層に分類できます。BtoBの領域では卸店や小売店、BtoCの領域では、実際に商品を楽しんでいただいているユーザーの皆様です。BtoB領域に関しては、消費者の嗜好データに基づいた販促活動と、卸店や小売店とのより密な連携体制の構築を目指し、現在はSFAの導入に取り組んでいます。
BtoC領域に関しては、オンラインショップでの購買データやお客様相談室への問い合わせ、当社が運営する観光施設「焼酎の里 霧島ファクトリーガーデン」の来場者データなど、オン・オフあらゆるチャネルの顧客データの統合を目指し、SalesforceのCDP導入を進めています。
3つ目が、従業員体験を向上するための「ひとづくりDX」です。データガバナンスとセキュリティガバナンスの向上をはじめ、AIソリューションやロボットの導入による作業の効率化を促進。クリエイティブな企画の考案など、人がやるべき仕事に集中できるような環境の構築を目指しています。
それぞれの領域の名前は「“霧島らしさ”を感じられるもの」「霧島ブランドを表現できるもの」という観点から検討し、ネーミングしました。
現場社員の積極的な参加を促す工夫
MZ:DXを推進する中で、特に意識されているポイントを教えてください。
大久保(霧島酒造):3つの領域ごとに、関係部署から推進者を選出しています。あじわいDXには約30人、くつろぎDXには約15人、ひとづくりDXには約15人に参加してもらい、定期的に議論を実施。私が担当するくつろぎDXでは、週に1度定例会を実施しています。
というのも、DX推進本部だけではプロジェクトは動きません。お客様と直接コミュニケーションをとる現場の従業員に「デジタル技術の活用によって、お客様に寄り添うことができる」と理解してもらわなければ進められないのです。DXのメリットを最も享受できる現場の社員にこそ、積極的に参加してもらう必要があります。
MZ:トップダウンとボトムアップ、双方の推進力が必要なのですね。
大久保(霧島酒造):DXを推進するなら、両者の協力が不可欠だと感じています。当社の場合は専務のコミットメントが強かったので、あらゆる会議でDXの重要性に関する言及があり、DX推進に必要な予算もしっかり確保されていました。
一方で、現場の声を吸い上げるために、DX推進本部が立ち上がる前から従業員向けのアンケートやインタビューも実施。実際に社員の声を聞いていると、今後も引き続き積極的な意見交換を行っていく必要があると感じています。
DX推進の成否を分けるパートナー選び
MZ:電通デジタルと電通九州では、3本柱のうちCX領域にあたるくつろぎDXを支援されていると伺いました。両社の具体的な役割について教えてください。
矢内(電通デジタル):電通デジタルでは元々、霧島酒造様のDX推進事務局が実施されていた講演会にも複数回、登壇させていただきました。今回霧島酒造様はSalesforceのCDP以外にも「Marketing Cloud」「Sales Cloud」「Tableau」を導入されましたが、当社はそれらのプラットフォームの選定から、製品を使って何をしていくべきかを策定し、導入時に必要な開発、構築、運用までを一気通貫でサポートしています。
久保田(電通九州):霧島酒造様は全国に多数のファンがいるので、キャンペーンを実施すると数万人から数十万人の応募が集まります。電通九州では、そのようなファンの方たちとのより深いコミュニケーションを促すために、LINEの活用やWebマガジンのリリースなどをサポートさせていただいていました。
霧島酒造様が全社的にDXを推進するにあたり、デジタル領域に特化した電通デジタルにフロントを任せ、電通九州側はオフライン施策や、これまで実施してきたCRM施策との連携および整合性の確認などを行っています。
MZ:電通デジタルから見て、Salesforceプラットフォームの強みはどんな点にあると思われますか?
矢内(電通デジタル):お客様との接点を統合・活用できるソリューションがそろっており、1つのプラットフォームで完結できる点です。また、アップデートが高頻度で行われるのも大きな魅力といえます。DXプロジェクトは、推進する中でどんどん成熟度が上がり、やりたいこと・できることが増えていくものなので、土台となるプラットフォームが同じぐらいのスピード感で成長しているのは理想的です。
矢内(電通デジタル):Salesforceプラットフォームの全方位をカバーするケイパビリティは、電通デジタルと電通九州の提供するケイパビリティの広さとも非常にマッチしており、我々の強みが活かしやすいと感じています。
キャンペーン応募者との継続的なつながりが持てるように
MZ:電通デジタルと電通九州の支援を受け、Salesforceのプラットフォームを複数導入されたとのことですが、既に手応えは感じられていますか。
大久保(霧島酒造):プラットフォームの運用体制は今後も引き続き整備していく必要はありますが、社内の変化は既に強く感じています。というのも、過去に大型キャンペーンを実施しても、応募いただいた方との接点はその1回限りで、継続的なつながりは持てていませんでした。「〇〇のキャンペーンに応募した人」という情報しか把握できていなかったのです。そこからMAを導入し、LINEやメルマガと連携して継続的なコミュニケーションを実現。今ではLINEやSNS、メールマガジンなど、各デジタルチャネルを活用した小規模なキャンペーンを年に複数回行うようにしています。
大久保(霧島酒造):今後は「複数回キャンペーンに応募してくれた人(=ロイヤルティが高い人)」に絞ってアンケート調査を実施したり、誕生日の方にはプレゼントを贈ったりするなどして、ファンの皆様とのつながりをより強固なものにしていきたいと思います。
MZ:DXを推進した先にどのような世界を実現したいのか、霧島酒造の展望をお話しいただけますか。
大久保(霧島酒造):DXは、あくまでも成長のための一手段だと捉えています。「DXに取り組んでいるから大丈夫」と思わず、手段が目的とならないよう社内で頻繁に認識をすり合わせています。
当社社長は「デジタル化を推進することで、より温かいリアルな場での価値を高められる」と話しています。たとえば居酒屋などの飲食店で、店員さんにお勧めされて焼酎を選んだり、偶然隣に座った人から紹介された焼酎を飲んでみたり。私たちが直接関われない場所でも、お客様同士のコミュニケーションはたくさん生まれています。
我々はデジタルを活用し、お客様が欲しい情報を適切なタイミングで届けることで、焼酎を飲む時間をより楽しくしたり、アプリケーションを開発することで、霧島酒造のファン同士がつながれる空間を作ったりしたいと考えています。その第一歩として、まずはお客様一人ひとりをさらに理解するべく、CDPを活用して顧客情報の統合を進めていきます。
マスを含めたコミュニケーションからCRM施策まで支援
MZ:霧島酒造の展望を受け、電通九州、電通デジタルの両社はどのようなサポートを行っていきたいとお考えですか。
久保田(電通九州):電通グループは、中期ビジョンとして「Integrated Growth Partner(IGP)」を標榜しています。これまでの「電通=広告会社」というイメージからの脱却を図り、広告やマーケティングを超えたより広い領域から顧客企業の成長をサポートしていくことを目指す意思表明です。この考えのもと、霧島酒造様には引き続き様々な方面からご支援・ご提案ができればと思います。
矢内(電通デジタル):現在はCDPなどプラットフォームの導入に支援が集中していますが、当社はSIerではなくコミュニケーションを生み出す組織です。プラットフォームの導入はあくまでスタート。今後、電通九州の強みであるマスメディアを含めたコミュニケーションから、電通デジタルが得意とするCRM領域まで一気通貫で支援し、新たな顧客体験の創造を支援していきたいと思います。
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