第4次生成AIブームが到来し、ChatGPTに代表されるLLMへの関心が社会的に高まっています。生成AIによってビジネスがどう変わるのか、また変わらないものは何か。滋賀大学 データサイエンス学部 教授の河本薫氏と、電通デジタルの有益伸一が、AIのビジネス活用やデータの重要性について対談しました。
クライアント企業への提案から見えてきた生成AIのビジネス活用テーマ
有益:今や、バズワード化している「生成AI」ですが、これによってビジネスがどう変わっていくのか、変わらないとするならばそれは何か、というようなテーマで今日はお話をお伺いできればと思っています。
昨年11月にGPT-3.5が出て、その性能、使いやすさからこれはビジネスでもどんどん使われるようになるだろうと、私自身色々と準備をしてきました。そしてそれらを実際にクライアント企業に提案していく中で、ビジネス活用としてのテーマが絞られてきたと感じています。
今、相談が多いのが、営業や店頭接客を変革したいというニーズです。これをどのように生成AIで実現するかですが、お客様の質問とそれに対する営業担当の応対の成功パターンデータをChatGPTと連携することで、「こういった問いにはこう答えると良い、なぜならば…」とわかりやすく教えてくれるAIを構築できます。そうすると、ビギナーな営業担当であってもベテラン営業担当の解答力や提案力を知ることができ、さらにそれを身につけることで格段に営業力を伸ばすことが可能になるのです。
河本:御社の得意なマーケティングではなく、営業なのですね。ここがコアな部分だと感じられているのですか?
有益:すごく可能性を感じていますね。例えば、製薬会社の営業担当(MR)は、医師と向き合うわけですが、薬剤に関する非常に専門的な質問をされることが多く、力量差が顕著に現れやすいです。そこで、自社が持つ薬剤関連の情報と連携したAIをMRに提供することで、医師の難解な質問にもAIのサポートをもらいながら解答できるのではないか、といったPoCも始まっています。
またマーケティングの文脈ですと、デジタル広告の領域ではコンテンツの自動生成にも生成AIを活用しています。ターゲットに対してバナー広告などをAIで生成し、さらにそれがコンバージョンに繋がるかどうかもAIで予測するのです。その予測と実際の成果と比較しながら、PDCAを回すということも、すでに始まりつつあります。
河本:ABテストの結果についての考察をAIにやらせるというのですか。それはすごいですね。
有益:他には、カスタマーサポートへの活用ニーズも高いですね。某企業ではカスタマーサポートでお客様とスタッフのやりとりをテキストデータ化し、それをLLMに読み込ませて、応対時の感情分析や品質チェックなどを行っています。応対のどこが良くてどこが悪かったかをAIに分析させ、より良い応対トークスクリプトを生成するなど従来では難しかったチャレンジもできるようになりました。
河本:そこまで答えてくれるんですね。自然言語を処理するChatGPTは、人間の会話とは相性がいいですよね。
有益:また、AIブランディングというテーマでは先日、弊社の全社集会で社長の瀧本をバーチャルヒューマンとして再現しました。声の特徴や喋り方まで学ばせていて、喋る内容も本人に寄せています。本人とバーチャルの瀧本同士が会話するという、なんともユニークな体験でした。
河本:AIと人間の会話はどのような感じで進みましたか?収束するのでしょうか、発散するのでしょうか?
有益:会話の破綻はなかったですね。いきなり話題が飛んだりせず、人間同士と遜色ない会話になっていました。
河本:これがなぜAIブランディングというテーマに入るのでしょうか?
有益:例えば、キャラクターIPを持っている企業が、IPをバーチャルヒューマン化させてファンと交流できるようにするなどといった使い方を想定しています。また、バーチャルタレントをAIで作るというような利用も考えられるでしょう。
対話型の生成AIがさらに進んでいくと、友達や家族のような存在として人に寄り添うようになるのではないかと思っています。そうなると、ブランディングという効果に加えて、 そうした何気ない会話の中でのニーズの発生が捉えられるのではないかと考えています。
例えば、新製品のビールを飲んでみたいとか、本場のサッカーを見てみたいなど、友人との何気ない会話の中でニーズが喚起されることもあると思うのです。我々は、キャンペーンを開催したり広告を出したりして、消費者のニーズを喚起させようとしていますが、それがきっかけで態度変容を起こして実際に商品の購入に至ったかどうかは明確には分かりません。AIとの対話の中で、そのニーズが喚起された瞬間を捉えられるかもしれないと思っています。
河本:ChatGPTを介した体験が、データとして計測しやすくなるというのは確かにそうかもしれませんね。ただ、ChatGPTがそうしたニーズを喚起できるコンテンツになり得るかは判断が難しいですね。
有益:ここまでお話ししてきた内容が、この半年くらいで我々が目の当たりにしてきた、企業側の生成AIに対する認識の変化や需要です。 、
河本:大変興味深く聞かせてもらいました。電通デジタルの発想には、バウンダリー(境界線)がないですね。ただ課題を解決するだけでなく、新しいフロンティアを切り開いていくのが、御社の社会的役割だと思います。
アカデミアでのChatGPTの影響は?型にはまる危険性も
有益:アカデミックな世界では、こうした生成AIはどのように捉えられているのでしょうか?
河本:ただ単に楽をしたい学生は考えなくなりますよね。頭を使うことから逃げる機会を与えてしまいます。先日、講義の中で気象庁のCSVデータをダウンロードしてChatGPT Interpreterで分析するという作業を実演してみたんです。ChatGPTは試行錯誤しながら自動的にデータを綺麗にし、いくつかの分析手法を提案してきます。そして、分析結果を考察し、挙句の果てにはワードの報告書まで作ってくれました。学生が書くものよりも立派なレポートを仕上げてきたのです。それを見ていた学生たちには「自分たちの存在意義はどうなるのだろう」というような微妙な空気が流れていました。
有益:確かに、学生はそうした不安を持ってしまうのかもしれませんね。
河本:一方で、プラスの側面もあると思っています。コンピューターの登場によって、人間の計算力や記憶力を拡張することができました。そして、それに付随して学ぶべきことも増えましたよね。ChatGPTは人間の思考力の一部をサポートしてくれるテクノロジーですが、これからの人間は、ChatGPTを活かすにはどのような思考プロセスで考えれば良いか、また、人間だからこそできる思考力に磨きをかけていくことになるでしょう。
そうしたフロンティアを牽引するためにも教育には大きな責任があると思っています。学生に対して、将来を見てワクワクするような方向に持っていかないといけないと思うんですよね。どうやってそれを実現するかの答えはまだ持っていないのですが、そこに使命感を感じています。
有益:私も社内の若手社員に話すときに難しいと感じているのは、データで課題を解くということへの向き合い方です。特に生成AI時代にはさらに難しくなってくると思っています。
枠にとらわれない解き方を推奨したいのですが、ChatGPTが存在することで、ますます型にはまりやすくなるような気がしているのです。
河本:ChatGPTに「どうしたらいいですか?」と聞いたら、それらしく答えてくれるわけですからね。
有益:ChatGPTの言った通りにやればそれで問題解決する可能性もあるかもしれません。でも、AIが出せないような発想をスパイスにして掛け算してみるなどの試行錯誤がやはり大事だと思っています。そういったことを、若手社員にはよく伝えています。
河本:その点が本当に難しいですよね。「じゃあ何を加えたらいいんですか?」となってしまいそうです。みんながChatGPTに従うようになって、10人が10人同じようなことを考える時代がくると、それが社会潮流として定着してしまうのではないかと心配しています。ChatGPTが社会の価値観を作ってしまうのは、嫌ですよね。
そういう意味でも、教育が非常に重要になってくると思っているんです。コンピューターの場合は、道具としてどう使うかを教えれば良かったのですが、ChatGPTも同じようにテクニックを教えてしまうと、丸投げが上手い人材をどんどん生み出してしまうかもしれません。教育も目先のリクエストに応えるだけではなく、長期的に見ていく必要があります。
電通デジタルには、ChatGPTのような生成AIが発展していった先に、人間の思考やその集合体である社会がどう変わっていくのかを先読みしていってもらいたいですね。
企業が生成AI活用で気を付けるべきこと。選択肢を広げ、意思決定のプロセス変革を
有益:企業が生成AIを使っていく場合でも、AIのいいなりになってしまう危険性があると思うのです。河本先生には、企業からどのような相談がありますか?
河本:セキュアな環境で自社のデータを読み込ませてファインチューニングしたいという話をもらったりはします。ただ、心配なのは、企業のノウハウをテキスト化して生成AIに読み込ませたとして、それを盗まれてしまったらどうなるかという点です。今までは、勘と経験などの暗黙知がブラックボックスとしてあって、それが企業の生存の大きな礎になっているところもあるんですよね。
もう1つ、そういったノウハウを読み込ませた生成AIに依存するようになると、勘と経験が育たなくなる。これでは、過去に経験していない事象には対応できなくなってしまうんですよね。
日本企業はこうした全体のプロセス設計があまり得意ではない気がしていて、なし崩し的に使っていくと後で取り返しがつかないことになる可能性もあると思っています。
有益:業務を効率化するというと耳障りがすごくいいですが、そうした勘や経験を、すべて無くしてしまうのは危険ですよね。
河本:ChatGPTで文章を要約するとか、メールの下書きを作ってもらうなどの単純作業の効率化は、すぐに浸透すると思うし、それでよいと思います。一方、意思決定にChatGPTを使うとなると、いろいろと問題が生じるかもしれないですね。
データサイエンスとChatGPTで違いを感じるのが、その扱いやすさです。データだけでは人間はスッと理解できないけれど、ChatGPTは自然言語ですから、専門的な知識がなくても普通に理解できてしまいます。
社員の皆さんも、上司から難しい宿題を出されて答えに困ったら、間違いなくChatGPTを使いますよね。そうしたものが積もり積もって、上司の意思決定に何かしらの影響が出てくるかもしれません。そこにガバナンスを効かせられるのかが鍵になってくるでしょう。
有益:これからは、VRなどでユーザーの行動データがより精緻に取得できるようになってきます。どんどん分析すべきデータが増えていきますよね。こうしたデータ分析と生成AIと組み合わせる際に、企業は何に注意すべきでしょうか?
河本:これだけデータの時代になってくると、データサイエンティストという特殊な職業の人がいるだけでは、ビジネスが追いつかなくなるでしょう。データを丁寧に分析するのではなく、大まかに分析してビジネスにつなぐという教育やリスキリングが、一般の社員にも必要になってくる気がします。
なぜなら、最終的には「意思決定」が一番上流の仕事だからです。実は、意思決定をするには選択肢があることが一番大切なのです。そうした選択肢を作ることができるのも生成AIの強みかなと思います。
日本企業は意思決定のプロセスを変えるのが本当に苦手です。電通デジタルには、生成AIなどを活用して選択肢を広げていって、企業の意思決定のプロセスを変えるサポートをするような立ち位置を期待したいですね。
有益:ぜひ、そうしたコンサルティングを目指したいと思います。本日はありがとうございました。
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