2023.11.24

現場でのデータ活用で組織のWhy文化を育む

DXの本質は「意思決定のあり方」の構造改革

データ活用を通して経営の意思決定につなげる「データドリブン経営」の重要性が叫ばれるようになって久しい。しかし、国内においてデータ活用がうまくいっている企業はそれほど多くないのが実情です。日本企業の現場層においてデータドリブンの文化を根付かせるために必要なこととは何か。滋賀大学 データサイエンス学部 教授 河本薫氏と電通デジタルの小西良太が、企業がデータ活用を推進する上で今着手すべきことについて議論しました。

データ活用ができている組織の二つの特徴とは

小西:今日は、企業の現場層にデータドリブン文化を定着させるために、今着手すべきことは何かというテーマでお話をお伺いできればと思います。

データドリブン経営の重要性は、ずいぶん前から言われていて、多くの企業が何かしらのチャレンジをしていると思うのですが、大きな成功を果たしたという事例は日本国内においてあまり聞きません。昨今の生成AIの時代に、このままでは海外と日本の競争力の差が、どんどん開いていってしまうと懸念する声もあります。

河本先生の元には、さまざまな企業から相談があると思うのですが、真にデータを活用できている組織体には、どのような特徴があるのでしょうか。

河本:その特徴は、次の二つの言葉に凝縮されると思っています。

一つ目は「Whyを徹底的に追求できているか」。全社員が現れた結果に対する Whyに執着して追求する企業文化があるかどうかですね。また、社員が上司に対して、そのWhyを表明できる心理的安全性が確保されていることも重要です。

そして二つ目が「経営者の視点に立って物事を考えているか」です。Whyの答えを出すにはデータが必要ですが、社員が自分の担当業務を手元のデータだけで考えているだけではいけません。今はさまざまなデータが大量に集まってきているので、部分最適でなく全体最適ができる時代になっています。だからこそ、社員一人ひとりが経営者視点を持たないといけなくなってきているのです。

多くの企業のインタビューをしてきた中で、この二つを両立することが重要だと考えるようになりました。


Why文化を追求し「意思決定のあり方」の構造改革を目指せ

小西:これらを両立できている企業は、国内にあるのでしょうか。

河本:以前は、データドリブン経営は日本企業には無理なのではないかと考えていました。ところが、私がインタビューをした企業の中のある一社が、純粋な日本企業なのに、完全なデータドリブン経営ができていたのです。日本企業でも、ここまでできるのだと非常に安心しましたね。

小西:Whyを追求し経営者視点を持つ文化が、社員に染み付いていたということですね。どうすればそのような組織体に至るのでしょうか。

河本:その企業の創業者は、創業時からそうした文化を醸成する取り組みを意図的にずっとやってきていたのです。その経営者がすごいのは、文化がいったん醸成されたとしても、放置すれば瓦解すると理解している点です。維持するための努力を今も継続しているんですね。

小西:古典的な日本企業が、そうした企業文化に生まれ変わることも可能なのでしょうか。

河本:それは簡単ではありませんね。ただ、データ活用をトリガーにして、Whyを追求したり、全体最適な考え方をしたりする文化を、社員に浸透させられないかと考えています。これまではデータがなかったために、前例踏襲型にならざるを得ませんでした。しかしデータがあれば、Whyを追求することができますよね。データ活用文化というよりもWhy文化を作ることが本質だと思っています。Whyを追求できるための仕掛け作りをいろいろなところでやって、さらに心理的安全性を担保する努力もする。これが重要になってくるでしょう。

小西:心理的安全性も大きなキーワードですね。

河本:上司などの権力層が言ったことに疑問をもって表明できるかどうかです。日本のヒエラルキー的な文化ではなかなかできないですよね。「部長」などの肩書きで名前を呼ばないなど、心理的安全性を阻害するものを徹底的になくしていく必要があるでしょう。

小西:逆にデータ活用が進まない企業には、どのような特徴がありますか。

河本:DXとは構造改革だと思っています。私の言葉で言うと「意思決定のあり方」の構造改革です。なのに、手段であるデータ活用を目的化している企業は、間違った方向に行ってしまうでしょう。本気で会社を変えたいと思わないと無理ですよね。

小西:経営者の本気度が問われるということですね。

河本:課題は、マネージャーや部長層にもあります。この層が壁になる場合が多いです。なぜかというと、変化させた結果の失敗に対して、日本企業はこの層に責任を負わせるからです。彼らの抵抗も分かる気がします。

小西:そうした企業に対して、どのようなサポートが必要だと思いますか。

河本:理想のあるべき姿を伝えつつも、現実にできることを一歩ずつ進めていくことが大切です。現場の担当者の立場を理解しつつ、理想とは少しずれているけれども、現実的にできる中での施策だという覚悟でやりましょうと、言語化して伝える。そして、そうした小さな成功体験を積み重ねていくことが重要だと思いますね。

滋賀大学 データサイエンス学部 教授 河本薫氏

データドリブン経営を実現するには、現場でのデータ活用が鍵を握る

小西:次に議論したいのが、データドリブン企業として成熟していく過程での組織形態のあり方です。私としては次の3つのステップを考えています。最初は、個人が実証実験をやっているような「IOE(Island Of  Experimentation )」の状態でしょう。次のステップが、中央に組織を置いてデータ分析を主導する「COE(Center Of Excellence)」。これが今、一般的に浸透している形態かと思います。そして最後が、現場にデータの専門家がいて、現場で課題を解決する「FOE(Federation Of  Expertise )」です。

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私たちは、このステップを踏んで組織は成長していくのではないかと考えているのですが、どのように思われますか。

河本:今の時代で考えるならば段階を踏むのではなく、もういきなり「FOE」で行くべきでしょう。その理由は二つあります。一つは、データ分析に詳しくない人でも使えるツールが、たくさん出てきているということ。そしてもう一つが、課題の質が変化してきているという点です。昔は、顕在化している課題を解決するだけで充分でしたが、今の時代は、課題が不明瞭なところから入りこんで解決することまで求められます。それをできるのは、実際に業務に関する知識を持っている現場担当者です。現場の担当者自身が、仮説の検証から始めて課題を見つけていく必要があります。

ここで鍵を握るのは、人材教育です。COEでは中央組織が現場のデータ活用を代わりにやってしまいがちです。そうではなくて、現場に伴走する形で、あくまでやっているのは現場だという感覚を持たせながら、サポートすることが大切になってくるでしょう。

小西:例えば、営業DXで私たちがサポートさせてもらう際に、支援先は現場の営業部隊ではなく、COEとしての中央組織の場合が多いですね。そういった中央組織の場合に、成功させるためのアドバイスはありますか。

河本:その中央組織のデータが弾き出した営業先に、現場の営業担当者がただ行けばいいというのはよくないでしょうね。現場でそのデータを参考にしながらも、営業担当者自身の経験も生かして訪問先を決める形にした方がいいと思います。結局、その中央組織の中に営業経験がある人がいなければ、何もできないのではないでしょうか。

ある企業では、IT部門が中央組織を担っていたのですが、そのヘッドとして現場のマーケティング部のエースを異動させました。その人は、ITや数学のプロではなくて、マーケティングのプロです。すると、その中央組織は現場からリクエストされたデータ分析をやるだけの部署から、データとマーケティングをどうつなげるかを考える部署に変わったんですね。これは一つの成功事例です。

突破口になるのは、経営者が、こういった推進力のある人を登用し、かつ比護することが大切です。登用するだけでは、おそらく潰されてしまうでしょう。「この人の言うことを聞かないと大変なことになる」と思わせるぐらいのものがあれば、日本企業も変革の方向に向かっていくかもしれません。

小西:こうした組織の成熟度を測る指標を作れないかとも思っています。今、自分たちはデータドリブン組織として、どのあたりにいるのかが分かるようなものです。

河本:それはなかなか難しいですね。本質は企業文化を変えることなので、計量化できないと思っているのです。データサイエンティストの数や特定の資格の合格者数などを指標化してしまうと、手段を目的化するという間違った価値観が芽生えてしまう気がします。次善の策としては、ビジネスでどれだけの成果が出たかを目標にして数値化するのはいいのかもしれません。

小西:経営者が目指す企業のありたき姿に対して、アンケートで社員の意識調査をするなど、定量、定性の両面で可視化できる可能性はないでしょうか。

河本:経営者の言葉だけを受け取って「やらされ感」でDXをやっている社員も多いかもしれません。一方で、うまくいっている企業は、社員も本気でDXを目指しているんですよね。それは経営者が社員との対話を続けているからです。

「DXをやれ」という言葉だけでは社員はついてきません。「今のデータAI時代に、会社をこんな形にしていきたいんだ」と言う経営者の強い思いがあるからこそ、社員がついてくるのです。経営者がそれを言語化し、社員としっかり対話して腹落ちさせられるかどうかが、データドリブン企業を実現する鍵だと思います。

小西:なるほど。そうした思いの共有がベースとして必要になってくるということですね。

電通デジタル ビジネストランスフォーメーション部門 データデザイン事業部 アナリティクスデザイングループ グループマネージャー 小西良太

「データを実際に使う」までの体験が重要。外部機関の上手な使い方とは

小西:データ利活用のプロジェクトを立ち上げる際、データを分析するだけではなく、何を分析すべきかの課題設定をするところから、実際の施策化に結び付けるまでの一連のフローをプロデュースすることが重要だと考えています。この経験をどれだけ広げられるかがポイントになるのではないでしょうか。電通デジタルでは、これらを伴走する支援メニューを持っていますが、これを実施する上でポイントとなりそうなことは何でしょうか?

河本:「課題を見つける」「課題を解く」まででは経験値としてゼロなので、「実際に使う」まで行かないといけませんね。ただ、この「使う」ところでマネジメント層は躊躇するでしょう。事前にその覚悟を確認しておいた方がいいかもしれません。

小西:私たちは中央組織に対する支援が多く、「実際に使う」のは現場なので、仰るように、ここの壁が一番大きいのは実感しています。

河本:電通デジタルが中央組織を伴走し、その中央組織が現場の伴走をするとなると、2層構造になるので舵取りは難しいですね。やはり鍵としては、最初から現場の人もプロジェクトに入れることだと思います。そして電通デジタルは、中央組織が現場の伴走ができるようになるまで支援するという役割になるのだと思いますね。

小西:データ分析は、ドメイン知識があってこそ生きてくると思いますが、クライアント企業がデータ分析技術に長けていない場合もあります。そこで、我々のような外部機関を上手に使って欲しいと思っているのです。

河本:電通デジタルが補助輪のような機能を果たすとなると、そのビジネスモデルは労働集約的になってしまい、どうしてもスケールしづらいという問題にあたる気がするので、何か知恵を絞る必要があるかもしれません。

自転車を漕ぎ出すときに、一番大変なのは最初のひと踏みです。そこを電通デジタルがゼロから作り上げたプログラムで並走して、どんどん自走する人を増やしていき、社内での補助輪文化ができていくといいのでしょうね。

小西:労働集約的にならずに、どうやってその補助輪文化を伝授していくかがポイントですね。

河本:企業は、機械学習モデルを開発するというような成果が分かりやすいプロジェクトには予算を付けますが、こうした成果が見えない育成プログラムのようなものにはなかなか予算を出しませんよね。定量化できないものにお金をかけるわけですから、費用対効果を上司に問われるとなかなか通しづらいかもしれません。

小西:ただ最近は、お付き合いの長いクライアント企業から、こうした要望をいただくことも増えてきていますね。

河本:育成プログラムが必要だと真剣に考えている企業もあると思います。非常に本質的な話ではある反面、足の長い話で、短期的な成果が見えにくいのも事実なので、お互いの本気度を確認することは必要かもしれません。

小西:最後にデータドリブン経営の実現に悩んでいる企業の皆さまにメッセージをお願いできますでしょうか。

河本:DXとは、今までの仕事のやり方を変えるということです。つまり、人間の人格を変えることと同じなので、これは一朝一夕にとはいきません。10年、20年といった単位で時間のかかる仕事なのです。即時的な効果を期待するのではなく、腰を据えて粘り強くやっていくことが大切だと思っています。

電通デジタルには、正解のある課題を高精度に早く解くような方向にはいってほしくないですね。そうした企業は他にもあります。今までなかったものを生み出すクリエイティブな方向に、電通デジタルの力を発揮してもらえると嬉しいですね。


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