今回は2022年6月に渋谷にオープンした、お酒を飲めない人も飲める人も一緒に楽しめる「SUMADORI-BAR SHIBUYA」(以下:スマドリバー)の立ち上げに関わった、電通デジタルの宮井梓と野口菜名に話を聞きました。
アサヒビールと電通デジタルの共同プロジェクト※「スマドリバー」、果たしてその狙いとは?
※所属・役職は取材当時のものです。
お酒が飲めない当事者が、飲めない人に寄り添うCX設計
──「スマドリバー」とはどのようなお店なのでしょうか。
野口:2022年6月30日、渋谷センター街にオープンした、お酒を飲めない人も飲める人も一緒に楽しめる「BAR」です。スマドリバーには、ノンアルコールから微・低アルコールまで100種類以上のメニューがあります。その中から自分の体質や好みにあった飲み物を選べ、それぞれのスタイルで楽しむことができます。
私たちはお客さまが来店してから退店までにどのような価値のある体験が提供できるか、スマドリバーの店舗体験設計とSNSのデジタルコミュニケーション領域を担当しました。
宮井:私たちはお酒がほぼ飲めません。だからこそ、飲めない人の目線でアイデア出しやインサイト発掘を行い、施策を盛り込めたと思っています。
──お酒が飲めない人の目線で、同じく飲めない人をメインターゲットにした試みなのですね。プロジェクトが立ち上がった背景はどのようなものがあったのでしょう。
野口:そもそも世の中の居酒屋やバーのほとんどは、当たり前のようにアルコールを飲むことを前提にしていて、アルコールが飲めない・飲まない人は置き去りにされてしまっています。お酒が飲めない一般消費者を対象に調査をしたところ、「飲める人ばっかり楽しんでずるい!」という切実なインサイトがあったのです。また「お酒を飲める人と同じ空間で、同じ立場で楽しみたい」という要望もありました。
お酒を飲む人はビールをはじめ、さまざまな選択肢の中からお酒を注文できますが、飲めない人はだいたいお茶かジュースの二択。どうしても不公平感や、飲めない人は後回しにされている感がありました。このプロジェクトは、そんなお酒を飲めない人こそが飲食を楽しめる場所を作るために立ち上がったプロジェクトです。
宮井:もうひとつは、アサヒビールが2020年に提唱した「スマートドリンキング」(スマドリ)の考え方を広く世の中に伝えたいという意図もあります。これは、お酒を飲める人も飲めない人もそれぞれ自分の体質や状況に合わせて度数や飲み方を選択できるようにして、飲み方の多様性を推進していこうというものです。
宮井:現在、世界的にノンアルコール・ローアルコール飲料の市場が拡大し、お酒の売り上げはどんどん落ち込んでいる状況にあります。アサヒビール独自の調査では、日本の人口の20~60代のうち約4,000万人が飲めない人・飲まない人というデータも出ています。そうした社会的背景もあり、お酒を飲めない人や飲まない人に新たな体験価値を伝えることも「スマドリバー」が誕生した背景の一つです。
──なるほど。「スマドリバー」の内装やメニューなど工夫された点を教えてください。
宮井:スマドリバーの内装は、飲めない人が緊張してしまったり、飲めない人同士では来店しにくくなったりしないように心掛けました。そのため、普段から慣れ親しんだカフェのような雰囲気を意識しています。
店舗はスマドリ「バー」としていますが、バーだと店内の様子が見えなくて、重々しくて入りにくいイメージがありますよね。ですので、店舗はガラス張りで外から中を見渡せるようにして、どのようなお店でどのような人がいるのかをオープンに感じられるように工夫しています。
──確かに店内がすぐに見渡せて慣れ親しんだ雰囲気だと入店ハードルが下がりますよね。
宮井:そう感じていただけるとうれしいです。他にも店内の照明をアルコールに弱い人向けに工夫しています。「お酒を飲むと1人だけすぐに顔が赤くなるので、周りの人にバレるのが嫌だ」というインサイトがあったので、店内照明はオレンジ色で暗めにして顔色があまり分からないようにしています。照明の光が顔に当たらないように、客席に当てるのではなく席の間に配置するといった細かい点にも気を付けています。
──細かい点まで気配りがされていますね。提供するメニューについても教えてください。
宮井:スマドリバーで提供するドリンクは、オリジナルカクテルやワイン、ビールなど100種以上のメニューの中から、一部メニューを除いて0%、0.5%、3%と好みに応じた度数を選択できるようにしています。それは先ほどの「スマートドリンキング」の考え方のもと、お酒を飲める人も飲めない人も好みやスタイルに合わせて度数を選んでもらいたいためです。その他、ドリンクに合うフードメニューも提供しています。
──ノンアルコール飲料だとお茶かジュースしかないお店も多いですが、スマドリバーのメニューはバリエーション豊富ですね。中でも、お酒を飲めない人向けに工夫した点をお聞かせください。
宮井:そもそもお酒が飲めない立場からすると、ノンアルコールって別に飲まなくてもいいんです。だからこそ飲みたい気持ちを呼び起こすために、見た目がかわいかったり、お客さま自身が仕上げを施すことで色や味が変化する飲み物だったり、味以外でも楽しめる仕掛けを盛り込んでいます。
──スマドリバーの特徴的なメニューはありますか?
宮井:シグニチャードリンクの「マーブリングレイン」です。見た目の楽しさにこだわり、自分で手を加えることによって完成する仕掛けにしています。グラスに置かれた綿あめに炭酸を注ぐとピンクと黄色の雨が降り、やがて混ざり合う様子はお店の「飲める人も飲めない人も一緒に交わって同じ空間を楽しんでほしい」というコンセプトを表現しています。
野口:ドリンクの見た目はユーザーの体験としても、UGC(User Generated Contents:ユーザーの手によって制作・生成されたコンテンツ)の創出のためにもすごく大事なのでこだわって作っています。SNSでも来店したい気持ちにつながるよう、「映え」を意識して積極的に発信しています。実際に、SNSをきっかけにご来店いただいているお客さまも多くいらっしゃいます。ハロウィンやクリスマスに提供するシーズン限定のドリンクもあります。
──お酒を飲めない人でも視覚的に楽しめるのは、飲む以外の体験価値がありますね。
宮井:他にも提供形態も工夫しています。提供するドリンクはノンアルコールもアルコールも見た目を一緒にして、度数の区別はコースターで表しています。
宮井:居酒屋に行くと、周りの人がウーロンハイを頼む中でウーロン茶を頼むと、見た目は一緒でも自分だけグラスが違ったりストローが刺さっていたりしますよね。私は大学生の頃からノンアルを飲んでいることがわざわざ周りにばれてしまうのがとても嫌で。
──ノンアルコールの飲み物もアルコールの飲み物も見た目は同じ、というのは良いところだと感じました。これであれば、ノンアル派とアルコール派の間に境界線がないですよね。
宮井:お店の人がオーダーを間違えないようにするためなので見た目の区別は仕方ないのですが、ノンアルを飲んでいる事を知られるのはお酒を飲めない人からするとすごく嫌なんです。飲めないけど、わざわざ飲めないことを強調されたくない。目立ちたくない。だからこそ、飲む人と飲めない人の境界線を無くして、みんなが同じ空間で同じように楽しんでもらえるように細部までこだわりました。
あえて欲しいUGCからずらすことで顧客を引きつける
──来店したお客さまからはどのような反響がありましたか?
宮井:SNSの投稿では「飲める人がいつもうらやましかったのでうれしい」「こういうお店がもっと増えてほしい」などポジティブな感想が多く見られました。やはり、お酒が飲めない人も気軽に訪れることのできるお店のニーズがあったのだと感じました。
また、お酒を飲める人からは「飲めない人を誘えるようになってうれしい」という声をいただきました。普段1杯しか飲まない相手が2杯目をオーダーしていたと伺い、私たちもとてもうれしかったです。元々お酒は飲めるけれど、妊娠や子育て、体調の変化等により飲めない状況になってしまった方からは「ノンアルやローアルカテゴリでの選択の幅が増えて良かった」という声が寄せられました。
野口:SNSではInstagramのストーリー機能を使い、来店してくれたお客さまやフォロワーの方と直接コミュニケーションをとることもしています。「ドリンクやフードがおいしかった」「お酒に弱いのでアルコール度数が3つから選べて良かった」などという味や体験への感想だけでなく、「荷物かごが欲しい」「冷房が寒かったです」といったドリンク以外へのご意見もいただくこともあります。そうしたさまざまな反応を店舗にフィードバックして改善しています。
──スマドリバーは、SNS運用も工夫されていたそうですね。
野口:オープン段階ではお店が完成するまでの過程をInstagramで発信していました。オープン前は店舗の仮囲いに屋外広告を設置し、「気を遣われるのが、いちばん気を遣う。」「かわいいお酒でも、度数がかわいくない。」など、飲めない人の心の声を可視化していたんです。それをInstagramではグリッド(分割)投稿するとともに、SNSオリジナルの施策として「飲めない人の心の声にアンサーする」ということも行い、飲めない人に向けて提供できる価値をクリエイティブで表現しました。
──店舗とSNSの連動企画ですね。店舗を見かけた人とSNSをつなげる良い試みだと感じます。
宮井:その他にもSNSではUGCの醸成を意識しました。やはり拡散されて話題になるお店のアカウントは、ユーザーが自分で体験して投稿するUGCを意識した仕掛けをしています。
スマドリバーとして、どのようなUGCが世の中に広がって欲しいか考えたときに、SNSでユーザーが投稿したいUGCそのものではなく、少しずらしたものを投稿するようにしました。例えば、店内で一番SNS映えする場所や雰囲気の写真を投稿するのではなく、ある意味“匂わせ”で「こういう角度で写真を撮ったら映えるかも」「わたしならここでもっとこういう写真が撮りたい」とユーザーに想起させるような投稿です。そうすることでお客さまの来店を促しました。
──主役はやはりお客さまですからね。来店客にお店でできる体験を想起させる施策はまさにCXクリエイティブですね。
野口:まだまだフォロワーの方の多くが来店に結びついていないところもあるので、新しい施策も考えつつ、これからSNS投稿やユーザーとのコミュニケーションはもっと工夫していきたいと思っています。
打ち手=顧客の立場だからできたCXクリエイティブ
──電通デジタルとして店舗運営とデジタルの施策を両軸で動かすのは珍しい試みだと感じました。その点で、リアルの店舗とデジタルの場が両方あることで何か感じたことはありますか?
宮井:今回のプロジェクトの目的は、「スマートドリンキング」という言葉を誰も言わなくなるくらいに世の中に浸透させ、飲み方の多様性を広めることにあります。
ですので、私たちのミッションはお店の売上促進や商品訴求ということではなく、店舗を発信拠点として世の中に広く「スマートドリンキング」を伝えることです。渋谷という土地も多様な価値観を受け入れる土壌にあり、そうしたリアルの場とオンラインの場をクロスオーバーさせて進めていく今回の施策は、とてもやりがいを感じました。
──今回の施策はお二人が“飲めない”当事者だったからこそ生まれたCXが多くあったと思います。最後に打ち手と顧客、それぞれの立場から見てコメントをお願いします。
宮井:私はお酒がほとんど飲めないので、今までお酒関係のお仕事をする機会がありませんでした。だからこそ、こうしてアサヒビールと協業できるのは新鮮な体験でした。また、飲めない当事者である私たちの趣味趣向、価値観が求められて形になっていくことにもCX的な面白さを感じています。スマドリバーのような、今までのビジネスモデルを変えてCXを創造していく場面に立ち会えていることがとてもうれしいです。
野口:たまたま以前にもアルコール商品のSNSを担当していたのですが、「お酒が飲めない私の感覚と世間の感覚は合っているのかな」みたいなモヤモヤがあったんです。私も大学生の頃から「何で微アルコールのお酒がないんだろう」とずっと悶々としていました。
だからこそ、宮井が言ったように私たちの趣味趣向や価値観に耳を傾けてもらえて、スマドリバーという形にできたことがすごくうれしかったです。自分の感覚がそのままCXの創造につながり、このプロジェクトに関われたことが奇跡だなと感じています。
今回はお酒を飲めない人も飲める人も一緒に楽しめる「スマドリバー」プロジェクトについて紹介しました。
お酒が飲めない人のインサイトをくみ取り、顧客に寄り添ったCX設計。その影には、お酒が飲めない当事者だからこそわかる切実な問題意識がありました。今後CXクリエイティブを考えるときは「もし自分が当事者なら」と自分ごとにして考える視点を持つと、より深度の高い体験価値の創造につながるかもしれません。
※電通デジタルとアサヒビールが合弁会社「スマドリ株式会社」を設立
https://www.dentsudigital.co.jp/news/release/management/2022-0106-001217
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