製薬・ヘルスケア業界の課題に向き合う電通デジタルのCXプロフェッショナルたちが、医師と患者の治療体験の刷新を実現するためのノウハウを解説する「DDMEX VOICE」。第2回では、患者が医療体験のプロセス全体を通して、どのように感じ、どう行動するのかを理解するためのツール「ペイシェントジャーニー」をCX視点でどのように作るかについて、的場早紀に聞きました。
現場の情報が少なくなる中、高まる「ペイシェントジャーニー」の重要性
――患者を取り巻く環境が変化する中、なぜ今、「ペイシェントジャーニー」に注目が集まっているのでしょうか。
的場:インターネット上から多くの情報を得られ、スマートフォンを使いこなせる高齢者の方もいらっしゃる時代になりました。昔は、医療情報は医師に聞くしかありませんでしたが、今は、病院に行かずとも自分で調べて医療情報を得ることができるのです。オンライン診療などの、新たな接点も増えていますね。
加えて、コロナ禍により製薬会社のMRは医師を訪問する時間が限られるようになりました。医師や患者のために何かしようと思っても、患者と医療の接点が変化してきている上に、製薬会社からその現場の状況が見えづらくなっているのです。
また、製薬会社にとって、直接的に関与する対象は主に医師ですが、そもそも医師の悩みのほとんどは、治療をしている患者についてのことであるはず。だからこそ、医師の目線の先にいる患者のニーズやペイン、インサイトの理解も必要です。
こうした状況を踏まえ、患者の気持ちや行動をペイシェントジャーニーで可視化して、そのニーズや課題を見つけ出したいという機運が高まってきていると感じます。
――日本の製薬・ヘルスケア業界には、そうした視点が浸透しつつあるのでしょうか。
的場:よく製薬会社の方とお話しさせてもらいますが、「ペイシェントジャーニー」を活用している企業は増えてきていると感じています。
製薬会社がプロダクトの戦略を考える際には、やはり患者のニーズに合わせて薬やそれにまつわるコミュニケーションツール、治療の仕組みを作る必要があるかと思います。医師に薬を勧めるにしても、患者が嫌がるからという理由で断られてしまってはビジネスになりません。
ただ、製薬・ヘルスケア業界のペイシェントジャーニーというと、自社のプロダクトの効果・効能起点のジャーニーだったり、病院内の治療に関するフローだけを可視化したりするなど、深掘りしきれていない場合もあります。例えば、一口に「〇〇患者」と言ってもその中には様々な方がいらっしゃるので、一括りに捉えてしまうことで重要な課題やチャンスの見落としが発生し、作ったペイシェントジャーニーを十分に活用しきれないケースもあります。
我々としては、患者を「生活者」としてきちんと見ることが大事だと思っています。見つけたいのは、患者が本当は何に困っていて、何を求めていて、どんなものであれば受け入れてもらえるのかなどといった、これまでに気づいていなかった生活の中での課題やチャンスです。マーケティング用語で言えば、前者は「ペインポイント」や「ボトルネック」、後者は「アンメットニーズ」と呼ぶこともあります。
それらを見つけるために、我々は、患者の病気の発覚から、治療の完了までだけでなく、その人の日常までを見るように心がけています。この人は、「普段仕事で忙しいのだろうか」、「子どもがいたら病院に行くのは大変かもしれない」など、普段の生活の状況や気持ちまで考えることが重要なのです。
思い込みに頼らないプロの視点が患者の解像度を高める
――ペイシェントジャーニーを作る上で注意すべき点を教えてください。
的場:「とりあえず作ってみよう」と始めてしまうと、患者の病気への気づきから受診、治療といった表層的なフローしか出せず、それだと根底にある課題やチャンスの発見につながりづらいです。なので、誰の何を見つけたくて、どういう目的でペイシェントジャーニーを作ろうとしているのかを、きちんと最初に考える必要があります。
そもそも、企業として何かしらの課題があるから作ろうとしていると思いますので、その課題に該当する患者や状況を、しっかりと分析していかなければなりません。その際に見るべきは、患者の「属性」と「心理」、そして「行動」です。属性では、性別や年齢、職業や家族構成など、心理では、何を考えているのか・何に困っているのか・何が好きなのかまで考えます。また行動では、市販薬から入るのか、まずは病院に行くのか、どこで何を調べるのかなど、さまざまな切り口で具体的に見て、可視化していきます。
ここでとても大事なのが、「思い込みで作らない」ことです。患者に直接アンケートを取ったり、インタビューしたりするのが一番いいのですが、難しい場合、まずはインターネット上にあるアンケート結果や論文などを参考にしてもいいと思います。重要なのは、なるべく外の情報を使って、患者の声を探っていくことです。
ここで、我々の強みとなるのが、製薬・ヘルスケア業界に対する先入観がないことです。患者を患者という視点だけでなく、生活者として捉えて見ることができるのは、重要なポイントだと思います。
――電通デジタルだからこそ、製薬・ヘルスケア業界に提供できる価値とは何でしょうか。
的場:我々は基本的にCXを主題にしており、「顧客をいかに知るか」を重視しています。製薬・ヘルスケア業界に限らず、日頃から専門性を持って、ペルソナやカスタマージャーニーを作った上でプランニングしています。
患者のグルーピングをする際も、マーケティングのプロとしての目線があるか否かで、かなり変わってくると思っています。さまざまな属性・心理・行動を持つ患者を、どの切り口で分け、ジャーニーの中でどう分岐点を作っていくかは、勘所が必要になってきます。また、そうして見えてきたターゲットとなる患者の課題やチャンスに対して、どういったコミュニケーションをすべきか。それも日頃から考えているからこそ得意とするところです。製薬・ヘルスケア業界の慣習に縛られない柔軟なアイデアが出せるところが強みだと思っています。
――具体的な事例はありますか。
的場:医師の事例になってしまうのですが、あるクライアント企業は、インターネットを使う医師と使わない医師、MRに頼る医師と頼らない医師という4分類で分けられるのではないかという仮説を持っていました。
それを元に、我々でインタビューをしてジャーニーを探っていったところ、実際には、「学会などの確かな情報しか信じない医師」「MRを頼りにしている医師」「インターネットも含めたさまざまな情報を自分で見て判断する医師」の3分類に分かれました。
この結果から、それぞれの医師の困りごとは何か、医師が製薬企業のWebサイトを使うときはいつだろうかなど、より理解を深めていくことができたのです。
我々と一緒に取り組んだことによって、これまでなんとなく思っていた仮説だけでなく、確かな新しい切り口を見つけることができた事例だと思います。
一貫性を持った体験を設計し、中長期的に活用できるペイシェントジャーニー
――解像度の高いペイシェントジャーニーを作ることによって、ビジネスにはどのようなメリットがあると考えますか。
的場:まず、患者の課題が詳細に見えてくることが重要になるでしょう。「ここがハードルになって薬を継続できていなかった」とか「パンフレットの内容をより見てもらうには、別の形式の方が良かった」など患者さんの気持ちが見えてくるのです。我々は、その時にどのようなコミュニケーションをすればいいのかまで、一貫した体験を設計することができます。
また、これで終わりではなく、その施策の効果を計測してPDCAを回すところまで提案することが多いです。ペイシェントジャーニー上の「このポイント」が患者にとっては重要なので、そこを強化しましょうといったように、KPIとして見るべき指標を決めることにも利用できます。このように、施策の効果をきちんと計測できる点も、ビジネスに良い影響を与える部分だと思います。
――ペイシェントジャーニーがあることによって、そこが拠り所になり、立ち戻って考えられるということですね。
的場:その通りです。何か施策をやって理解が深まったり、状況が変わればまたそこを修正したりするなど、一度作ってしまえばそれをベースに中長期的に使えるものだと思っています。
何より大切なのは、高い解像度で可視化して共有できるということです。患者の状況と、それに基づく課題やチャンスを分かりやすい形でまとめられるので、プロダクト開発担当者やマーケティング担当者、MR、医師までもが、一つのペイシェントジャーニーを起点に、納得感のある共通認識が持てるのです。そして、同じ方向を向いて取り組んだり、取り組むべきことに優先順位をつけることができるというのは、ビジネスにおいて重要なポイントだと思います。
――最後に、ペイシェントジャーニーを作ってみたいと考えている企業にメッセージをお願いいたします。
的場:製薬・ヘルスケア業界は競合も多くなり、今後、競争はより激しくなっていくでしょう。製品の競合優位性を作りづらく、それだけではなかなか勝つことが難しい時代かと思います。
薬の良さだけでは選ばれにくくなった今、何がカギを握るのか。それはやはり患者とのコミュニケーションです。そのためにも解像度の高いペイシェントジャーニーを作り、患者をより深く理解しなければ、核心をついたポイントを見つけることはできません。
我々は、生活者目線という点では、プロフェッショナルです。患者を生活者として捉え、本当の困りごとを見つけられるペイシェントジャーニーを作るには、製薬・ヘルスケア業界の通説とはまた違った視点が必要となるでしょう。
電通デジタルの中には、SNSや広告、プラットフォームなどさまざまな専門家がいますので、製薬・ヘルスケア企業が抱える医師・患者とのコミュニケーション課題に対して、総合的に対応することが可能です。これまでにない新しいことをやっていきたいというクライアントには、きっとお力になれると思っています。
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