製薬・ヘルスケア業界の課題に向き合う電通デジタルのCXプロフェッショナル達が、医師と患者の治療体験の刷新を実現するためのノウハウを解説する「DDMEX VOICE」。第3回では、DeNA・データホライゾンのグループでヘルスケア事業を展開するDeSCヘルスケアが持つ「リアルワールドデータ」を活用し、患者中心の医療体験の実現を目指す取り組みについて、DeSCヘルスケアの幡鎌暁子氏と郷昭太郎氏、電通デジタルの登坂統彦に聞きました。
リアルワールドデータによってペイシェントジャーニーを精緻化
――最初にDeSCヘルスケアの事業内容について教えていただけますでしょうか。
幡鎌:健康な方に健康維持を楽しんでもらうことをコンセプトにした「kencom(ケンコム)」というアプリを保険者様向けに提供しています。このアプリで蓄積されるライフログを含め、許諾を得て匿名化した「リアルワールドデータ」※を、保険者様をはじめアカデミアの先生方、製薬会社様や生命保険会社様にご活用いただいています。
※医療機関が保険診療を受けた保険者に対して請求する医療報酬の明細書から得られる患者個人の健診データやレセプトデータ、ライフログなどの医療ビッグデータ
また、情報を知らないことで健康になるチャンスを逃してしまっている方も多くいる中で、データから分かったことを元に、生活者の皆様の行動変容に結びつけるための疾病啓発事業なども推進しています。
郷:以前は疾病啓発事業というと、マスに向けて一斉に情報発信して終わり、というものが多かったのです。しかし今は、実際にどの程度人々の行動変容に繋がったのか、デジタルを使って検証することが求められるようになってきました。リアルワールドデータによってその効果測定が、かなり詳細にできるようになってきています。
――製薬・ヘルスケア業界にも「ペイシェントセントリック(患者中心)」の考え方が浸透しつつあります。そんな中、なぜリアルワールドデータが必要になってくるのでしょうか。
登坂:近年、製薬会社は希少疾患やがん領域などのスペシャリティ医薬品の開発に力を入れています。こうした分野は、それぞれの患者に対して個別化された医療が求められます。また、高血圧や糖尿病などの生活習慣病に対しても、患者が高齢化する中で、個別のサポートが必要だという意識が高まってきているのです。
こうした大きな流れから、欧米で先行してきた「ペイシェントセントリック」の考え方が、日本の製薬・ヘルスケア業界にも広まってきていると感じています。
患者を一人の生活者として捉えたときに、行動変容を起こしやすいポイントはどこか。それを知るためには、健康な状態から病気を認知し、治療した後、予後がどうなっていくかまで追う「ペイシェントジャーニー」を描く必要があります。これを精緻化するために、ファクトデータであるリアルワールドデータが非常に重要になってくるのです。
――製薬・ヘルスケア企業がこの患者中心の視点を生かすには、どのようにすればよいのでしょうか。
登坂:本当の顧客は誰なのかを深く考える必要があります。誰を顧客として捉えるかで、ジャーニーの作り方がまったく変わってきてしまうからです。患者にとっての医療体験の向上とは、当たり前ですが、治療がスムーズにいくことです。これは結果として、医師の体験の向上にもつながります。つまり、この2つを結びつけることは、企業のビジネスインパクトにも直結するのです。
より良い体験は、製薬会社が、現在十分なサービスを受けていない患者とつながり、より長く、より質の高い生活を送れるよう支援する機会を提供することです。これは、患者がより良い医療アウトカムとより良い人生を手に入れることを意味します。医薬品開発に重点を置いた考え方だけでなく、顧客体験を提供することにも重点を置いた考え方を加えることが、ビジネス面と臨床面の双方に良い影響を与えることを理解する必要があります。
我々、電通デジタルの知見とDeSCヘルスケアの持つリアルワールドデータを使って、患者中心の視点で作ったペイシェントジャーニーから、ぜひ新たな気づきを得るという体験をしてもらいたいですね。
幡鎌:医薬品の開発は、厳しいルールに従う必要がありますが、発売された後は発想を転換するタイミングでもあると思います。製薬会社のマーケティング部門のよくある悩みとして、その薬に対する医師の評価は高いのになぜか処方されない患者層があり、これ以上の打ち手がないという場合があります。この場合、医師と患者の関係に何が起こっているのかを紐解かないことには、何も見えてきません。医師と患者の両方からのアプローチが必要になってくるのです。
両社の強みを生かして、患者のペインポイントを深掘りする
――DeSCヘルスケアのリアルワールドデータとは、どのようなものなのでしょうか。
幡鎌:レセプトと呼ばれる診療報酬データをリアルワールドデータだと捉えている方が多いのですが、それだけではありません。DeSCヘルスケアが扱っているリアルワールドデータは、「kencom(ケンコム)」アプリから入ってくるライフログや保険者からお預かりする健診の情報、年齢や性別など匿名化されたある個人の背景情報を含んだデータになります。
アプリから得られるライフログは、利用ログや記事の閲覧履歴、歩数や体重、血圧といった健康データなど多岐にわたります。また、アプリを介した定期的なアンケートでは、QOL(Quality of life:生活の質)の状態や、労働生産性損失の指標などが分かります。これとレセプトデータを紐づけることで、例えばこの疾患の患者は、QOLも下がって労働生産性が損失しがちだ、などと把握できるのです。こうした分析データを元に、保険組合の保健指導などに活用いただいています。
――こうした活用だけでなく、リアルワールドデータを製薬・ヘルスケア企業のマーケティングにも活用してもらおうということですね。
登坂:これまでは、治療フローに従ってペイシェントジャーニーを考えてきましたが、レセプトデータをベースにした上で、患者へのインタビューやソーシャルメディアの声などをすべて重ねて統合していくと、今まで見えていなかったものが見えてくるはずです。自社が考えるカスタマージャーニーとここで発見できた患者のペインポイントやインサイトから、“課題をどのように解決するのか?”“顧客(患者・医師)との感情的なつながりをどのように確保するか?”という新しいサービスが生まれてくると考えています。
郷:リアルワールドデータは、さまざまなデータを含んでいますが、やはりメインとなるのはレセプトデータです。しかし、このレセプトデータで分かるのは、治療や検査をしているか/していないかまでなので、それ以上は分かりません。このデータだけでペイシェントジャーニーを描いてみると、次のステップに何割の人が行けなかったのか分かりますが、その原因までは分からない。これが、レセプトデータの限界なのです。
そこで電通デジタルの得意とする定性調査などから「インサイトの発掘」や仮説の立案と組み合わせることが重要になってきます。 あるペインポイントに対して患者視点で詳しく調査してもらえば、よりリアルな実態が見えてくるでしょう。その結果を踏まえて、どんな手を打つべきか考えることができます。こうして、難しいパズルを一つひとつ解くように段階を踏むことが可能になるのです。
登坂:医療に詳しい人ほど、患者への固定概念に囚われている場合があります。それがすべて間違っているわけではないのですが、100%ではないはずです。その残りの何%を深掘りしないと、本当の課題は見えません。その固定概念を疑うためにも、レセプトデータのようなファクトデータが必要なのです。
幡鎌:レセプトデータは、数字とカンマの羅列で、そのままでは理解できません。入院や外来、調剤などの種類ごとに形式が違い、これをトータルで分析できるように構造化するのは非常に難しいのです。我々の親会社であるデータホライゾンは、すでに20年来、自治体のレセプトデータのクレンジングをサポートしてきた実績があります。
データは課題を発見したり有効性を証明したりすることで初めて価値が生まれるので、人の健康寿命を伸ばす形でどんどんデータを使っていただきたいというのが私たちの想いです。
これまでは製薬会社の中でも薬を作るメディカル部門との取引が多かったのですが、今後は電通デジタルの力を借りて、マーケティング部門まで一気通貫でサポートできる体制にできればと思っています。
登坂:電通デジタルには、生活者の視点でさまざまなことを紐解くプロフェッショナル達がいます。しかし、その答えが本当に正しいのかどうかという場面は、どうしても出てくるのです。その時に、レセプトデータを基準に判断できるようになるでしょう。こうしたファクトデータがあるからこそ、ファーマCXが生きてくるのです。
製薬会社としての「ファーマCX」を作り出し、新しい世界観を実現する
――両社の協業によって、どのような世界を実現していきたいのか、意気込みをお聞かせください。
幡鎌:実は諸外国に比べて、日本人はヘルスリテラシーが低い傾向があります。日ごろから健康や医療に関する情報に触れる機会が少なく、病気になってさらに困った状況に陥ったとき、初めて自身の課題を知るというケースが多いのですね。こうした人を一人でも減らすために、その人が当事者になったときに手に取れる情報がきちんとあるという状態にしていきたいです。当社のサービスがその一助になれば幸いですし、電通デジタルという強力なパートナーを得て、より促進できればと思っています。
郷:ヘルスケア領域は、自分ごと化するのが本当に難しい世界です。自分は大丈夫と思ってしまいがちなのですね。その点で、当社と電通デジタルがお互いの強みを出し合いつつ適切な施策を打つことによって、患者の行動変容につなげていければと思っています。この時、成果を検証する上で、PDCAを回す必要が出てきますが、データによって検証できなければ、何が課題なのか議論もできません。こうした施策を繰り返していく中で、「患者中心」の考え方が製薬・ヘルスケア業界に浸透していってほしいと思っています。
登坂:例えば私たちは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19) パンデミックの経験を経て、日常を取り戻しつつある現在。私たちに再び希望を感じさせてくれたのは、製薬会社でした。それなのに、多くの人々からすると製薬会社は、とても遠い存在ですよね。それは、製薬会社が最終的な顧客である患者と感情的に結びついていないのではないでしょうか? この世界観を変えたいと思っています。
そのためにも、レセプトデータを使って、患者の体験をしっかりと紐解いて、ファーマCXをどう作り出していくかを、DeSCヘルスケアと一緒に取り組んでいきたいですね。
顧客(患者・医師)に体験してもらいたい体験を意図的にデザインし、顧客(患者・医師)が体験していることについて一貫して耳を傾け、CX(顧客体験)を積極的に、継続的に管理・改善することが大切です。
“患者を第一に考え、患者に最高の体験を提供するために、今日何ができるか?”という問いでもある「ファーマCX」を製薬会社と共に実践していきたいと思います。その結果として、増加し続ける医療費の無駄な部分を抑制し、人を中心とした医療の実現を目指すことは、社会課題の解決につながっていくと考えています。
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