人々が熱狂し、歴史を変えるようなブランド、商品、サービスをつくるにはどうしたらいいのか?事例を交えて、新しいデザインの方法論を紹介します。
※本記事は、2023年11月2日に開催されたセミナーの内容を採録し、再構成したものです。
※所属・肩書は2023年11月時点の情報です。
従来のUX的な考え方を乗り越える視点
亀和田 : 最初に、UXはどういう過程で広まってきたかを簡単に振り返ります。
そもそも人類史の観点で言えば、“人間のこと(人間の身体や知覚様式など)を考えてデザインする”という行為は決して新しいものではありません。しかし、明確に「経験」自体が着目され、またUXという言葉が生まれたのは2000年代前後のことです。その後、2010年代前後になると、「UX 5階層のモデル(戦略/要件/構造/骨格/表層)」「ペルソナ」「ゴール指向型デザイン」「シナリオベーストデザイン」「カスタマージャーニーマップ」などが提唱され、方法論が普及してきました。更に2010~20年にかけて、デザイン思考がビジネスの中で急速に広まってきました。
こうしたUXの歴史の根底には、顧客のニーズを充足させ、満足を最大化し、体験やタッチポイントをデザインしていくという思想がありました。
これに対し、「エモーショナルデザイン」「不便益のデザイン」「“人間性”中心デザイン」など、従来のUX的な考え方を乗り越えようとする多様な視点やアプローチが登場してきました。山内先生が『「闘争」としてのサービス』で定義されている「人間〈脱〉中心設計」という考え方もその一つです。
「必ずしも顧客を満足させることが全てではない」「実は高級なサービスであればあるほど、客を否定することが重要である」などは、非常に強烈なインパクトのある考え方です。続いて山内先生に、これらの刺激的なメッセージの意味や考え方について解説していただきます。
サービスとは闘いである
山内 : 従来のサービスデザインでは、「わかりやすさ」「居心地の良さ」などが非常に重要と言われてきました。それらに対して私は「本当にそうだろうか?」という疑問を持ち、鮨屋を研究してきた結果、「サービスとは闘いである」という考え方にたどり着きました。
一般的に、カウンター式の鮨屋は敷居が高い、メニューがわかりにくい、などの傾向があります。親方はニコニコ接客しないし、客も緊張している。それにもかかわらず、客がその店に通うのはなぜか、その理由を探りたいと考えたのです。
結論から言うと、サービスには「客を満足させようとすると、客は満足しなくなる」という弁証法があることが見えてきました。
例えば、笑顔で客を喜ばせようとする親方がいたとします。この客は単純に喜ぶことができません。なぜなら、この親方は客の評価を気にしている、客に従属しているということで、親方の地位が相対的に低下してしまうからです。地位が低下した親方からのサービスは価値が毀損します。客は、「喜ばせてほしい。だけど、喜ばせようとされると喜べなくなる」、こういう矛盾を抱えているという意味で、私はこれを「弁証法的闘争」と呼んでいます。
鮨屋に限らず、サービス提供者は顧客に高い価値を提供したいと考えています。「弁証法的闘争」の考えに従うと、そのためには、サービスはわかりにくいものになる必要があります。
鮨屋にはいろいろな作法があります。高級なレストランにはメニューがなかったり、読みにくかったりします。なぜわかりにくくするのか。簡単に言うと、自分のサービスはすごく価値があると言いたいからです。
日常的なものを提供したら、あまり特別感がない。だから、サービスがすごくいいと思ってもらうには、客の知らない世界を作らないといけません。客は、「あなた知らないでしょ」と否定されて、それでちょっと背伸びをして、その場にふさわしい人間を演じないといけない。店との闘争を通して、否定されて、新しい自分を表現して、それが承認される、というプロセスがあれば、客は、新しい自分を獲得したという体験を得られる。そこに大きな価値が生じるのです。
京都大学経営管理大学院 教授 山内裕氏
京都大学工学部情報工学科卒業、同情報学修士、UCLA Anderson Schoolにて博士。Xerox PARC研究員を経て、京都大学経営管理大学院に着任。価値創造人材育成プログラム「京都クリエイティブ・アッサンブラージュ」を運営。主な著書は、 『「闘争」としてのサービス』(中央経済社)など。
https://yamauchi.net
価値共創は「人間〈脱〉中心設計」
なぜサービスが「闘争」になるのか、ということを理論的に説明します。
今までのサービスの理論は、主体(客)と客体(サービス)が分離されていて、客はサービスを判断しているという前提がありました。
これに対し一般的には、「サービスとは価値共創である」という考え方をします。サービスは客が参加して一緒に作るものなので、サービスには客自身も含まれる形となり、サービスの価値が問題になると、「その客がどういう人間か?」ということも問題になります。
主客分離できる場合には、サービスはわかりやすい方が良いのですが、「サービスは価値共創」という場合は、サービスと客は分離できません。
主客分離された場合が「人間中心設計」です。主体である利用者が客体を見て、理解し、使い、享受する。だから、使いにくさ、わかりにくさ、フラストレーションを排除して、よりストレスのない体験を目指します。
これに対し、価値共創は「人間〈脱〉中心設計」です。参与者(客)が参加し、闘争を通して自己を示し合って、新しい自己を獲得しようとする過程をデザインします。客がどういう人になって、サービスの結果、どういう人になって出ていくのか。これをデザインしないといけない。そのためには、当然、緊張感が生じるわけです。客が否定されて、それが背伸びをして、ということが起こりうるわけです。
誤解していただきたくないのですが、「人間中心設計は意味がない」といっているわけではありません。「人間中心設計」と「人間〈脱〉中心設計」の両方が必要です。サービスは、わかりやすくしつつ、かつ、わかりにくくしないといけない。サービスデザインをするときには、その両方を同時に満たす方法を考えないといけないのです。
新しい文化を表現するとは
『「闘争」としてのサービス』の後、現在は少し話を広げ、新しい文化を表現するとはどういうことかに着目しています。
その一つの例として、日本を代表するクリエイティブディレクター・佐藤可士和さんのユニクロの仕事を紹介します。
佐藤可士和さんは、2006年、ユニクロがニューヨークにグローバル旗艦店を出店したときから、ユニクロの世界戦略におけるクリエイティブを担い、ブランドを確立しました。単にロゴをリデザインしたのではなく、社会の変化を見て、ユニクロを一気に社会の最先端に位置づけました。それが新しい世界観、新しい時代となって、人々をそこに連れ出したのです。
2000年代前半、自分の着ている服がユニクロだとバレるとみんなと被ってしまうので、それが嫌だという意味で「ニユバレ」という言葉がありました。しかし佐藤可士和さんは、そのユニクロをむしろかっこいいブランドに位置づけし直しました。
キーとなるのは2004年です。2004年というのは、社会が180度変わった年です。「サービスドミナントロジック」の考え方が出て、IBMが「サービス・サイエンス」と言い出した。スタンフォードにd.school(Hasso Plattner Institute of Design)が作られ、Service Design Network(SDN)が作られた。これらはすべて2004年です。
2004年に社会がガラリと変わりました。どう変わったか。モノにはもう価値はなくて、社会が薄っぺらくなり、社会が前に進んでいる感覚がなくなりました。
1990年代までは、社会が前に進んでいるという感覚があり、文化の深みが感じられました。だから、少し背伸びをして、深い文化を理解することがかっこいいとされていました。しかし2004年前後を境に、「薄っぺらい方がかっこいい。ベーシックで、自然体でいいんだ、それの方がいいんだ」に変わっていきました。
佐藤可士和さんは、この社会の変化の機微を感じ取り、「ベーシックはださい」から「ベーシックだからかっこいい」という価値転換をしました。この価値転換こそがイノベーションです。
創造性とは、個人の内面から湧き上がってくるものではありません。未来を想像することでもありません。社会をよく見ることです。かつて「ユニバレ」と言われたユニクロが、実はかっこいい。佐藤可士和さんは、社会の変化を見て、読み解くことによって、ユニクロを社会の最先端に位置づけ直したわけです。だから、創造性にとって重要なことは、社会の微妙な変化を読み解くことなのです。
以上、「サービスは闘争である」という考え方から、文化を表現して、新しい世界を表現し、人々をそこに連れ出すことで価値を作っていく例を紹介しました。
亀和田 : 顧客のニーズを満たしても、人々が熱狂することはないし、社会の変化を生み出す契機とはなりません。新たな価値を生み出すには、ただ単にいいものを提供してニーズを満たすだけでは不十分です。新しい時代に人々を外に連れ出すような、緊張するデザインを考える必要があります。
これからUXデザインやサービスデザインに携わる人は、社会を理解し、新しい世界を表現する力が求められます。人々にトラウマ的体験を与え、イノベーションを起こすようなデザインは、どのようにすれば成立するのか。今回のお話がそれらを考えるきっかけになれば嬉しいです。
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