2024.01.30

ChatGPTと人との融合の可能性を探る

滋賀大河本ゼミの学生がJR西日本のマーケティング課題の解決にチャレンジ

「ChatGPTを活用して、人間の思考力が拡張できる体験を学生に学んでもらいたい」という滋賀大学データサイエンス学部の河本薫教授の想いから始まったPBL(Project Based Learning:問題解決型学習)の授業で、電通デジタルは授業の企画段階から参画。前例がない中、試行錯誤しながら進めていきました。本記事では、授業に対する想いと授業の集大成である発表会の様子を紹介します。

電通デジタルならではの強み。ChatGPTとマーケティングの両面からアドバイス

今回河本ゼミで行われたのは、「JR西日本のマーケティング課題に対して、ChatGPTを活用して提案する」という全7回の授業。 ChatGPTのバージョンは、デフォルトの3.5を利用しました。JR西日本からは「お客様のJR西日本グループの買い回り体験を向上させる施策提案」というテーマが与えられました。「買い回り」とは、JR西日本グループが展開するショッピングセンターやホテルなど、鉄道以外のサービスも連動してお客様に利用してもらうことを指します。このような直線的に導くことが難しい問いに対し、学生がChatGPTを活用することで、本当に意味のある提案ができるのでしょうか。河本教授と電通デジタルにとっても大きなチャレンジとなりました。

河本教授は、当初、「ChatGPTを使ったらこんなものが出ましたなどと、なし崩し的に終わってしまう可能性もある」という危惧を持っていたと言います。そこで、「課題発見」「要因分析」「施策立案」という思考のステップを学生に提示し、それぞれにおいてのChatGPTの使い方を仮説として整理しました。また、電通デジタルがこれまで培ってきたマーケティングの勘所などもアドバイスするなど、「我々だからこその支援ができた」と電通デジタルの小西良太は語ります。

学生は当初、ChatGPTを単純な使い方しかできなかったといいます。しかし、こうした電通デジタルのサポートと河本教授の指導によって、使い方が徐々に成長していきました。「問いを立てることの大切さ、そしてその問いに対し、期待する答えを得るためにプロンプトを工夫する重要性を伝えました。学生たちは試行錯誤を繰り返しながら、こうした指摘を自分のものにしていったと思います」と河本教授は説明します。

滋賀大学 データサイエンス学部 河本薫教授

電通デジタルの大木真吾は、授業専用のチャットツールを通して、なるべく学生との会話量を増やす努力をしたとのこと。また、最後の1週間時点で、4チーム全てのプレゼン資料を見せてもらい、丁寧にアドバイスをしたといいます。「大手事業会社にビジネス提案をするということは、どういう意味を持つのかを感じてもらえたのではないかと思います」と大木は振り返ります。


JR西日本の多様なサービス。買い回りの体験の向上を実現するには?

こうして迎えた2023年11月14日の発表会。JR西日本からは審査員として、取締役兼執行役員デジタルソリューション本部長の奥田英雄氏、SC開発常務取締役の大松徳三氏、デジタルソリューション本部グループマーケティング推進部担当部長の宮﨑祐丞氏の他、同本部の菅野太介氏、福田奈央氏が参加されました。

JR西日本では2020年より、グループの各種サービスをワンストップで提供することを目指した「WESTER」アプリを提供。2023年春より、グループ共通の新たなポイントサービス「WESTERポイント」を開始するなど、お客様の利便性を高めるデジタル施策を進めてきました。今回のテーマである「お客様の買い回りの体験の向上」は、同社にとっても現実的な課題の一つなのです。

JR西日本グループは、鉄道事業はもちろんのこと、他にも多くの事業を展開しています。物販飲食事業、駅ビルなどのショッピング事業、ホテル事業、不動産事業、その他の生活者の暮らしに関わる事業などです。鉄道のみならず、こうした多様なサービスの利用頻度をいかに上げてもらうか、もしくはグループ会社の各種サービスを、いかに幅広く連動しながら利用してもらうか。これらを実現する施策の提案が、学生たちには求められました。


ChatGPTを活用した学生たちのプレゼン発表。充実した内容に審査員全員が驚く

学生は4つのチームに分かれてプレゼン発表を行います。各チームにはJR西日本の「WEST」の頭文字をとった名前が付けられました。それぞれのチームは、電通デジタルが示した「課題発見」「要因分析」「施策立案」の3つの思考ステップを踏んで、プレゼンを展開していきました。

最初の発表は「E班」です。このチームは、20代大学生の自分自身としては、鉄道以外のサービスはあまり使わないと感じていました。そこで、ChatGPTにさまざまなペルソナになってもらい、問題把握を洗練していくことにします。そこで発見したのが、自分達が思っている以上に、鉄道利用による買い回りは促せているのではないかということでした。

では、買い回りを阻害する要因は何なのでしょうか。彼らは、JR西日本は鉄道会社のイメージが強く、ショッピングと結びつかないことが要因ではないかと考えました。ChatGPTにその妥当性を聞いてみると、認識に違いはなかったと確認できました。そこで、提案した施策がショッピング施設に特化したCMの制作です。ChatGPTに考えてもらったキャンペーンタイトルは「SHOPPING JOURNEY」。このCMでは、買い物自体が冒険であり、鉄道に乗らなくてもワクワクする体験ができることを伝えたいといいます。

ChatGPTに要件分析や施策立案を丸投げしようとしてもうまくいかなかったとのこと。「役割を与え、目的や細かな情報を提供しながら対話を繰り返すことで、求めている回答を得ることができました」と学生は語ります。

このプレゼンに対し、宮崎氏は「ペルソナとしてChatGPTに別の立場に立ってもらったのはいいアイデア。ChatGPTは、使う側の訓練次第で可能性が広がるのだと感じました」と講評しました。

また、奥田氏は「鉄道会社が鉄道のイメージを超えるというのは本質的な課題で、我々もよく議論しているテーマです。そこをしっかり指摘してくれたのには驚きました」と語ります。

JR西日本 取締役兼執行役員 デジタルソリューション本部長 奥田英雄氏

続いて「S班」発表を見てみましょう。このチームは、人間だけで考えた場合とChatGPTを最大限利用する場合とを比較し、何らかの知見を得たいと考えました。人間だけで考えた施策としては、インドア派であまり電車に乗らない人に、車内の快適さを体験してもらうため「グリーン席のお試し券を配る」という案が出ました。

ChatGPTを使うと、どのような案が導き出せたのでしょうか。まずChatGPTに、10~80代まで10歳刻みで性別に分け、買い回りをしない理由を挙げてもらいました。それぞれのセグメントの問題点が見えてきたところで、学生がターゲットとして絞り込んだのが、時間的かつ金銭的余裕のある人です。しかし、このターゲットに対して効果の高い施策が何かをChatGPTに聞いたところ、「時間的余裕」「金銭的余裕」の言葉の定義がChatGPTでは理解できないことが判明。そこでこれらの言葉に対して詳細な定義を与え、より正しいクラス分類をしていきました。すると、このターゲットには高齢者で地元愛が強い人が多いと分かります。そこで、駅と地元店を連携し、駅の利用を促進する環境づくりをするという施策を提案しました。

ChatGPTを使ってみた感想として、課題の深掘りや要因分析は網羅的に探索できる点が非常に良かったと言います。しかし、質問力が重要であり、人間的な介入は不可欠だと結論づけました。

大松氏は「言語の定義をしっかり与えないといけないという点で、ChatGPTは、頭は良いけれど、阿吽の呼吸を理解してもらえるような相手ではないことが分かりました。ショッピングの価値について、より切り口を広げて考えることで、さらに面白い分析ができると感じました」と講評します。

JR西日本 SC開発常務取締役 大松徳三氏

また、宮崎氏は「クラス分類は、MA(マーケティングオートメーション)ツールとして有効かもしれないという示唆をもらいました。駅や駅周辺施設との連携は我々としても課題と感じており、鋭い指摘でした」とコメントしました。

次は「W班」の発表です。このチームはメンバー3人で構成されており、2人が人間だけで考え、もう1人はChatGPTと協力しながら企画立案するという手法を取りました。

まず人間だけで考えた場合の思考プロセスです。2人の学生は、お金や時間がある高齢者に注目します。人口比率が高い高齢者の買い回りが増えれば、ビジネスインパクトとしても大きいと考えました。高齢者は電車の利用も少なく、アプリも登録していないため、JR西日本の情報を知る機会が少ないだろうという仮説を立てます。そこで地元のスーパーなどに広告を出し、遠距離でも電車とバスの組み合わせで行ける旅行をお勧めするといいのではないかと考えました。

では、ChatGPTと組んだもう1人はどのようなアプローチを取ったのでしょうか。ChatGPTと対話を繰り返して得た回答が「WESTERポイントの認知率が低く、利用が複雑」という課題でした。そこでWESTERアプリとWESTERポイントの認知度の向上が、買い回り体験の向上につながると考えました。

ここで人間が考えた施策を加えます。2024年度中にリリースする予定の「WESTERウォレット(仮)」をアプリと統合すべきだという施策です。WESTERウォレットは使えば使うほどポイントが貯まるもの。この情報は、ChatGPTが知り得ない情報でした。

※JR西日本が、独自に開発する新たなスマホ決済サービス。お客様のカスタマージャーニーに沿った利便性を高めることで、さらなる「WESTER体験」の向上を目指す。

さらにChatGPTには、アプリの認知度を向上させる施策を聞きます。CM認知が効果的だという回答を得て、単独で存在する運行情報アプリに、WESTERアプリへの移行を促す広告を出すという施策にたどり着きます。運行情報はWESTERアプリからも取得可能で、ユーザーが分散してしまっていたのです。将来的には統合すべきだと提案します。

ChatGPTは一般的な意見を得られるため、インタビューやアンケートを代替できる可能性があると学生は指摘します。ただ、ChatGPTが最新の情報を把握するのは難しいため、人間の施策提案も有効だとまとめました。

奥田氏は、まだ計画段階である「WESTERウォレット」という名称を学生から聞いたことに驚きながらも、次のように講評します。「我々のサービス全体を一つのジャーニーとして提供できないかと考えて生まれたのが、WESTERアプリやWESTERポイントです。それらの課題を俯瞰した形で指摘してもらったと感じました」。

また宮崎氏は、「WESTERアプリのユーザーへの移行促進の提案はすぐにでもやりたいです。ただ、フィジビリティ(実行可能かどうか)の問題もあり、どう自然に促せるかが課題となるでしょう」と語りました。

JR西日本 デジタルソリューション本部 グループマーケティング推進部 担当部長 宮﨑祐丞氏

最後は「T班」です。このチームも人だけの場合と人とChatGPTを組み合わせた場合とで比較しました。人だけで考えた施策の提案は、通勤通学の限られた時間の中でもWESTERアプリで飲食店の予約や事前注文支払いができるようになれば、テイクアウトや短時間のレストラン利用が見込めるのではないかというもの。

人とChatGPTを組み合わせた場合の提案は次のようなプロセスを踏みました。鉄道と駅周辺施設の連動が不足しているという課題から、ChatGPTを通してその要因を複数導き出します。それらすべての要因を網羅した上で、改善できる施策をChatGPTに提案してもらうことにしました。その結果、出てきた施策が、ユーザーに店舗の評価を投稿してもらう「デジタル口コミマップ」と、ユーザーにミッションを与えクリアしたらポイントをもらえる「デジタル口コミチャレンジ」というものでした。

人間のみでは思考が偏りがちだったのが、ChatGPTとの対話によって思考が整理され、想定していなかった新たな気づきが得られたと言います。また自分達の考えを正確に言語化してプロンプトを与えることが重要で、そうでなければ求めている答えが返ってこなかった点が難しかったことも指摘しました。

大松氏は「買い物でポイントが貯まるだけでなく、口コミなどのミッションをクリアすることでメリットをプラスしていくという発想は、実は社内でも議論に上がっていました。ユーザー参加型の視点が、まさにつながった発表でした」と感想を語りました。

宮崎氏は「プロンプトが練られていたからか、ChatGPTの導いた施策案が驚くほど良かったです。ChatGPTは、要因分析は得意かもしれないですが、課題を発見する能力はやはり人間の方が高いのかもしれません。それを分かった上で、どうChatGPTを使うかが課題だと感じました」と講評しました。


発表を通じて、ChatGPTと人との融合に大きな可能性を感じた

こうして4チームすべての発表を聞き終えた奥田氏は、総評として次のように語ります。

「ChatGPTと人との融合がどこまでできるのか、会社としても今チャレンジを始めているところです。プロンプトの質問力の大事さや、対話の繰り返しの重要性がよく理解できました。大きな可能性を感じる貴重な体験をさせてもらいました」

最後にJR西日本から、優秀賞が発表されました。そのチームとは「W班」でした。ChatGPTが知り得ない情報を人が提案するなど、ChatGPTと人の融合のバランスが一番良かったというのがその選定理由です。とはいえ、それ以外のチームの発表もJR西日本の皆さんは高く評価していました。

河本教授は「今回の授業を通して、ChatGPTのような生成系AIを自らの思考に活かすためには、なし崩し的に考えるのではなく問いの連鎖のようにして考え、その問いをChatGPTに分かるように言語化する、ことに気付いてくれたら嬉しいです。問いの連鎖のように思考するには、今回の『課題発見』『要因分析』『施策立案』のように思考プロセスを段階化することが大切です。また、問いをChatGPTに分かるように言語化するには、プロンプトエンジニアリングも重要ですが、それ以前に、問いを具体的に考える力が大切です」と提言しました。


ChatGPTの回答を鵜呑みにせず、自分なりにストーリーを組み立てる能力が重要

こうして、成功裏に終わった今回の授業。電通デジタルの2人はどのように振り返ったのでしょうか。大木は、どのようなプレゼンになるのか、正直冷や汗ものだったと語ります。「でも最後のジャンプアップがすごかったですね。やはり優秀な学生さんが河本ゼミには多いのだと改めて分かりました」。

小西は、「答えがない問いに、どのように自分の考えを言語化し、 ChatGPTから意図通りの答えを引き出すように投げられるか。そしてその返ってきた答えを鵜呑みにするのではなく、ちゃんと解釈して自分なりにストーリーとして組み立てられるか。こうした能力は学生だけでなく一般社会人にも必要なものです。今後、生成AIが発展していく社会において鍵になる能力だと思います」と語ります。

電通デジタル トランスフォーメーション部門 ディレクター 大木真吾/トランスフォーメーション部門 トランスフォーメーション事業部 マネージャー 小西良太

電通デジタルでは、今後も産学連携を通した学生支援を推進していく計画です。「こうした活動を通して、学生さんが社会に出るためのサポートとして、少しでも貢献できればと思っています」と大木は今後の展望を語りました。

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