2025.02.19

全身で感じるアートの未来。『ENTOUCHABLE MUSEUM』が実現した新たな体験の挑戦

電通デジタルは「ソーシャルプロジェクト」の一環として、視覚障害者とともに全身でアートを体感できるイベント「ENTOUCHABLE MUSEUM(エンタッチャブルミュージアム)-超さわれる美術館-」を開催しました。本企画はどのようにして実現したのか、NPO法人八王子視覚障害者福祉協会 理事長・宮川純氏と、プロジェクトリーダーの澤田悠太に話を聞きました。

※2024年12月時点での所属・役職です

最先端のハプティクス技術と音声触覚変換デバイスを用いたアート体験の拡張

――「ENTOUCHABLE MUSEUM -超さわれる美術館-」のコンセプトと目的について教えてください。

澤田悠太:電通デジタルは、デジタルテクノロジーとクリエイティブを活用し、さまざまな社会課題の解決に取り組む「ソーシャルプロジェクト」を展開しており、本企画もその活動の一環です。

厚生労働省の調査によれば、日本において視覚障害の身体障害者手帳を所持する人は約27.3万人(令和4年度)に達しています。このような背景から、視覚障害者の方々が全身でアートを楽しむ新たな方法として、「ENTOUCHABLE MUSEUM -超さわれる美術館-」を企画しました。

この展示では、5つの作品を通じて、触覚と聴覚を活用した体験を提供し、鑑賞者同士の対話を促進するとともに、視覚だけでは気づかない作品の要素を発見することを目指しています。

澤田 悠太(電通デジタル エクスペリエンステクノロジー部門クリエイティブディレクター/コピーライター/データストラテジスト​)

――体験の拡張はどのように実現されているのでしょうか?

澤田:最先端のハプティクス(触覚伝達)技術と音声触覚変換デバイスを使用しています。

ハプティクス技術は、力や振動、動きをユーザーに与えることで、「実際にモノに触れているような感触」を体感させる技術です。今回のプロジェクトでは、東京大学大学院 新領域創成科学研究科の篠田・牧野研究室が開発した、何も装着せずに人体表面に触覚を提示できる超音波ハプティクス技術を用い、『モナリザ』と擬似的に握手する体験を提供しています。

音声触覚変換デバイスについては、本企画のためにオリジナルで開発しました。「関ケ原合戦図屏風」をはじめとする4つの作品において、描かれた情景や出来事をリアルに感じられる音声を体験できます。


アートを「全身で“体感”し、他者との“感性共有の機会”を創出するもの」に

――この企画はどのようにして生まれたのでしょうか?

澤田:ある美術館を訪れた際に、アートに触れようとする子どもを見かけたことがありました。人は何かに魅力を感じると触れたくなるものです。この本能的な欲求をエンターテインメントに変えることで、新しい体験が創り出せるのではと考えたのが企画の始まりでした。

その後、チームで何度も議論を重ね、今までアートを楽しむことが難しかった視覚障害者の方々に対して、新たなアート体験の機会を提供できる可能性を感じるようになりました。NPO法人八王子視覚障害者福祉協会(以下、八視協)の皆様にご相談したところ、このプロジェクトに快くご協力いただけました。八視協の皆様からの貴重な意見と電通デジタルのアイデアを組み合わせ、本企画を実現することができました。

「ENTOUCHABLE MUSEUM -超さわれる美術館-」のゴール
Zoom

――八視協の活動内容について教えてください。

宮川純氏:八王子市およびその近隣地域に住む視覚障害者の方々に対して、外出支援や社会参加に関連する事業、また文化、健康、福祉に関する活動を通じて、生活の向上と権利の獲得を目指して活動しています。

――この企画を最初どう感じましたか?

宮川:最初にコンセプトを聞いた際、「視覚障害者に絵画を見せるのは難しいかもしれない」と思いました。しかし、電通デジタルの方々との意見交換を通じて、コンセプトは「アートを見せる」のではなく、「新感覚のアート体験を提供する」に変わりました。その結果、とても素晴らしい企画になったと感じています。

澤田:意見交換の中でコンセプトが深まり、「アートは視覚を用いて一人で鑑賞するもの」という常識を、「全身で体感し、他者との感性を共有する機会となるもの」へと変えることができました。これは八視協の皆さんとの連携があったからこその成果だと思っています。

宮川 純氏(NPO法人八王子視覚障害者福祉協会 理事長)

――今回の5点の作品はどのように選ばれたのですか?

澤田:選定のポイントは3つあります。まず、ハプティクス技術の可能性を最大限に引き出せる作品を選ぶこと。次に、多くの人に広く知られている作品を選ぶこと。知っていると思っている作品でも、実際に触れてみることで新たな発見を提供したかったからです。最後に、思わず触れたくなる作品を選びました。例えば、『モナリザ』の手や滝の水しぶき、関ケ原の武将たちの躍動感を感じられるような作品を選びました。

Zoom
Zoom

――この5つの作品を展示すると聞いたとき、どのように思いましたか?

宮川:どれも有名な作品なので、中途失明の方々には認識しやすいだろうと思いました。しかし、生まれつき全盲の方々にどのように伝えるかについては不安もありましたが、実際に体験してみて、ここまで実現できたことに感銘を受けました。

――この企画で特にこだわった点は何ですか?

澤田:「アートは視覚で鑑賞するもの」から「全身で体感するもの」へと認識を変えるという目標に徹底的にこだわりました。そのためにはどのような体験を提供するのが最良かを深く考えました。例えば、「関ケ原合戦図屏風」に関しては、資料調査や関連作品の視聴、学芸員への取材を徹底的に行い、作品の質を向上させました。

Zoom

バリアフリーで最も大切なのは、バリアを理解すること

――宮川さんの視点から見て、今回の美術館のコンセプトはどの程度達成されたと感じていますか?

宮川:もちろん満足していますが、ここで終わるのではなく、今後さらに展開していくことへの期待を込めて、70%の達成と感じています。

今回の企画で特によかった点は、電通デジタル側が、最初に「視覚障害者とは何なのか?」という基本的な疑問をきちんと尋ねてくれたことです。視覚障害者には中途失明者、生まれつきの方、全盲者、ロービジョンの方がいるという点を真剣に話し合いました。

「バリアフリー」という概念が昨今よく取り上げられますが、その本質は「バリアを理解すること」にあります。電通デジタルのチームが「視覚障害者にとってのバリアは何か」を真摯に聞いてくれたことで、私も「ぜひ一緒に取り組もう」と思いました。

最初にコンセプトを聞いたときは「少し無理では」と感じましたが、このチームなら素晴らしいものを作り上げられるという信頼があったため、結果としてここまで実現できたのです。

――残りの30%はどのような部分を指しますか?

宮川:ここで終わりにせずに、さらなる展開を求める期待がその30%です。私たちがより積極的に関わることで、必ずより良いものが実現できると信じています。もしこの企画をもう一度実施することになれば、今回以上に優れたものが生まれるだろうと考えています。

我々は、視覚を除く四感をフルに活用して日常生活を送っています。そのすべての感覚を用いて鑑賞できる体験を作れば、一層素晴らしいものになるでしょう。ただ、この短期間でここまで作り上げたことは、実質的に今回のイベントのコンセプトは100%実現できたと思っています。


さらなる体験の実現を目指して

――宮川さんから、電通デジタルチームへのリクエストはありますか?

宮川:今回は電通デジタル側が作品を選定しましたが、次回があるならば、私たちが選んだ作品を使い、技術を用いてどのような体験が可能かを挑戦してほしいです。例えば、花を触ったときに香りが漂ってきたり、滝の部分を触ると水しぶきが感じられたりするように、嗅覚や触覚など他の感覚を組み合わせることで、体験がさらに豊かになり、より素晴らしいものが実現できると思います。

――宮川さんの期待を受けて、今後どのような取り組みをしていきたいですか?

澤田:素晴らしい提案ですね。宮川さんからいただいたフィードバックを生かし、ぜひ再度イベントを開催したいですし、可能なら巡回展も検討したいと思います。チーム全員のモチベーションはとても高く、視覚障害者の方々だけでなく、誰もがよりアートの世界に触れ、没入し、感動できる体験の実現を目指していきたいです。


関連記事

この記事・サービスに関するお問い合わせはこちらから

EVENT & SEMINAR

イベント&セミナー

ご案内

FOR MORE INFO

資料ダウンロード

電通デジタルが提供するホワイトペーパーや調査資料をダウンロードいただけます

メールマガジン登録

電通デジタルのセミナー開催情報、最新ソリューション情報をお届けします

お問い合わせ

電通デジタルへの各種お問い合わせはこちらからどうぞ