2025.03.25

聞こえない人に本当に役立つアクセシビリティ向上の取り組みとは?

聴覚障害当事者の困りごとを知る

電通デジタルの「ウェブアクセシビリティプロジェクト」は、聴覚障害当事者3名をお招きし、日常生活の困りごとや対応方法を伺う勉強会を開催しました。第1部は、ユニバーサルデザインアドバイザーの松森果林さんをゲストにお迎えしてお話を伺いました。第2部は、電通デジタル社員の聴覚障害メンバー2名と松森さんのトークセッションを行いました。全体の司会・進行は、インフォアクシア代表 植木真さんと電通デジタル 千葉順子が担当しました。

※この記事は、2024年10月に開催したウェビナーを採録し、再構成したものです。

聴覚障害の視点から考えるアクセシビリティ(第1部)

第1部では、聴覚障害当事者である松森果林さんに、「聴覚障害の視点から考えるアクセシビリティ 楽しみながら社会を変えていく」というテーマでお話しいただきました。

松森さんは、中途失聴者です。小学4年生で右耳を失聴、中学から高校にかけて左耳も聴力を失いました。高校生までの間に、「聞こえる世界」「聞こえにくい世界」「聞こえない世界」という3つの世界を経験したことを強みとして、現在は「聞こえる世界と聞こえない世界をつなぐユニバーサルデザインアドバイザー」として活躍しています。

松森 果林さん(ユニバーサルデザインアドバイザー)

「聴覚障害者は、字幕があるので洋画好きの人が多い」という松森さんは、自身もよく映画館に足を運んでいます。2023年、日本で作られた映画の中で字幕がついたのは17%(679本中117本)ですが、聴覚障害者向けに「バリアフリー日本語字幕」「字幕と音声ガイド(UD Cast)」「バリアフリー字幕&音声ガイド(HELLO! MOVIE)」「メガネ型端末」といった対応も増えてきています。エンターテインメントを楽しむための観劇サポートは、リアルタイム字幕、舞台手話通訳、音声ガイド、補聴システム設置等、選択肢が増えています。

「エンターテインメントのアクセシビリティも、もっともっと当たり前になっていくといいなと思っています。今の社会や環境、法律などは、多数派に合わせてできています。これが当たり前。『当たり前になっている人』と『当たり前になっていない人』の格差を埋めるのが合理的配慮であって、格差を作らないようにするのがユニバーサルデザインやアクセシビリティの力だと思っています」(松森さん)

現在、聴覚障害者は約37.9万、難聴者は約1200万人と言われていますが、聴覚障害にも、「ろう者」「難聴者」「中途失聴者」「人工内耳装用者」「聴覚情報処理障害者(APD)」などがあり、軽度から重度までさまざまです。障害の程度に応じて、コミュニケーション手段も「補聴器」「手話・手話通訳」「筆談・要約筆記」「スマートフォン・タブレット端末」「読話」「人工内耳」など、これらを併用したり使い分けたりといったように、一人ひとり違っています。

「聞こえ方やコミュニケーション手段の多様性は均一化できません。だから、選択肢が必要です。聴覚障害に限って言えば、行動のバリアより、行動するための情報やコミュニケーションにバリアを感じています。だからアクセシビリティが必要です」(松森さん)

松森さんは、羽田空港の第3ターミナルと成田空港のユニバーサルデザイン検討委員会等に聴覚障害当事者として参加しています。「どちらの委員会にも、車椅子使用者、視覚障害者、聴覚障害者、高齢者や外国籍の方、知的発達障害者、精神障害者など、さまざまな当事者が参加している」とのことです。

現在社会の中で多く見かける非常ボタンや緊急時の呼び出しボタンは、音声での会話を前提(=聞こえることが前提)としていて、聴覚障害者にはアクセスができない状態です。

検討委員会で挙がった意見を反映して、羽田空港第3ターミナルでは、2010年非常ボタンと一緒に「聴覚障害者の方は押してください。押し続けると係員が来ます」という「聴覚ボタン」を設置。エレベーターを一部ガラス張りにすることで、万が一閉じ込められた時も手話や筆談でのコミュニケーションを可能にする対応が行われました。

成田空港のエレベーターでは、2019年より、非常時は「SOS」ボタンですべての人に対応できるシステムに統一しました。ボタンを押すと音声でのやり取りができ、押し続けると「係員が向かっています」と文字表示される仕組みです。その他、どちらの空港も見通しの良い空間や音環境を考慮した設計、トイレの光警報装置設置、案内カウンターで多様なお客さまに対応できるコミュニケーションツールの用意等、誰もが安心して利用できる環境整備に力をいれています。

事例を踏まえて、松森さんは次のように言います。「ユニバーサルデザインにゴールはありません。時代によって、ニーズも、技術も、変化していきます。時代に合わせてより良くするために、当事者が参加して改善を繰り返していくことで、専門家の知識や技術と、障害がある人や高齢者など、多様な視点が一緒になればすばらしいものができるはずです」。

ただ、当事者と一緒に作られた環境整備や充実したサービスも、知らなければ意味がありません。「きちんと伝えていくために、ウェブサイトの役割はすごく重要」と松森さんは強調します。聴覚障害者にとっては、ウェブアクセシビリティガイドラインに記載されている以下の3つすべてが大切だと松森さんは言います。

  1. 発話以外の音声情報も字幕にする
  2. リアルタイムでの提示を見られるようにする
  3. 手話を必要とする人には、手話によるアクセスを提供する

「『字幕があれば大丈夫ですよね?』とよく聞かれます。字幕は日本語を文字にしたものですが、手話は日本語とは異なる言語です。手話を母語としている人は8~9万人います。字幕と手話、両方が用意されていて、どちらも選べること、これがすごく大切です」(松森さん)

最後に松森さんは、「今を生きる聴覚障害のある学生の悩みを聞くと、『コミュニケーションが難しいこと』、『リアルタイムの情報が得られないこと』と言います。30年前の私の悩みと変わっていません。技術は進歩しているはずなのに、なぜなのでしょうか?」と問題を提起。「問題は、単体としてはすばらしい技術はたくさんあるが、これらが社会のシステムになっていないこと。皆さんがアクセシビリティを考えるとき、どうしたら社会のシステムになるのか? これを当事者と一緒に考えてほしいです」と締めくくりました。


聴覚障害当事者が感じている日常の困りごと(第2部)

第2部は、電通デジタル社員の聴覚障害メンバー2名と松森さんのトークセッションを行いました。電通デジタルには、6名の聴覚障害者が働いていますが、今回はそのうちの2名が参加しました。人材開発部に所属している竹村菜々花は生まれつきのろう者で、普段のコミュニケーション方法は手話です。総務部で働いている児玉海都も生まれつきのろう者で、日常では口の動きを読み取って、コミュニケーションをとっています。

最初に、二人を困らせている職場環境について聞きました。一番困っていることとして、ミーティングがあると言います。「Teamsでのオンラインミーティングでは、資料を画面に表示すると字幕が隠れて見にくくなることがある」(児玉)。「リアルのミーティングでは、参加者が大勢になった場合、話者がわかりにくく、話についていけないことがある」(竹村)。

こうしたミーティングでの困りごとについて、松森さんは3つの解決策を提示しました。1つ目は、発言するときに手を挙げること。2つ目は、名前を言うこと。3つ目は、1人ずつ話をすること。「このルールを共有すると、見える人、聞こえる人、見えない人、聞こえない人、誰にとってもわかりやすくなるのではないかと思っています」。

聴覚に障害があるかどうかは、補聴器などをしていなければ、見た目ではわかりません。聴覚障害があることを知らずに話しかけられることもありますが、これに対して竹村は、「自分から言うしかない」と言います。「カフェやコンビニでは、『耳が聞こえません』と最初に言い、相手にわかっていただきます。日常から積極的に、自分は耳が聞こえないということを気づいていただくように言っています」。

次に、話しかける方から何か気をつけることはあるかを二人に質問しました。松森さんは次のように答えます。「普通に声をかけて反応がない場合は、もしかしたら聞こえない人かもと想像して、肩を叩いたり、前に回って目を合わせて話したりしてみてください。聞こえないとわかったら、筆談をしたり、マスクをとって口の動きがわかりやすい状態で話したりなど、いろいろな方法でコミュニケーションをとってほしいと思います」。

竹村 菜々花(コーポレート部門 人材開発部)
児玉 海都(コーポレート部門 総務部)

最後に、聞こえる人たちに伝えておきたいことを伺いました。

「聴覚障害者の中にも、私のような生まれつきのろう者で、手話を使ってコミュニケーションをする人もいれば、児玉さんのように話ができる方や、中途失聴の方、難聴の方もいます。聴覚障害者の中にも多様性があり、さまざまな人がいるということ、それを理解してほしいと思っています」(竹村)

「相手の方の口の動きが小さかったり、聞き取りにくかったりしたときに、『聴覚障害があるので、聞こえにくいです。もう一度お願いします』とお願いすることがあります。そういうときは、口の動きがわかりやすいように、口を大きく動かして、少しゆっくりお話しいただけると大変助かります」(児玉)

「聞こえない人がいることを知って、聞こえないとわかっても固まることなく、自然に対応してほしいです。聞こえない側だけが努力するのではなく、マスクを外したり、筆談アプリを使ったり、いろいろなコミュニケーション方法を楽しめるような環境をみんなで一緒に作っていけたらいいですね」(松森さん)


聴覚当事者勉強会を振り返って

――今回の勉強会で、特に印象に残ったお話はありますか?

インフォアクシア・植木真さん:「聴覚障害者」とされる人たちの中にも多様性があるということです。人によって聞こえなくなった経緯や度合いに違いがあり、さまざまなケースがあることを改めて実感しました。

WCAG(ウェブコンテンツ アクセシビリティ ガイドライン)には、「収録済みの動画には、字幕(キャプション)、音声解説、書き起こしテキストといった代替テキストを提供すること」という項目があります。これはA(シングルエー)の基準で、「手話通訳を提供する」のは、一番上のAAA(トリプルエー)という基準です。

現在、多くのウェブサイトではAA(ダブルエー)が目標レベルになっているので、「普段手話を使っている人でも字幕があればいいのではないか」と考えて、字幕提供を優先しています。今回、皆さんの話を聞いて、字幕か手話かではなく、字幕も手話も両方大事だということを学びました。

左:松森 果林さん、中:植木 真さん(インフォアクシア 代表)、右:千葉 順子(エクスペリエンス&コマース第1部門 オウンドメディア第1事業部)

電通デジタル・千葉順子:手話通訳は、通訳者の表情や身振り手振りで、感情の強弱が伝わります。「字幕でもエモさ、エモーショナルな抑揚や強弱を表現することはできないか」という視点は、新しい発見でした。

また、勉強会後に竹村さんが「外国語のように、手話も第二言語として学校で教えてくれればいいのに」と言っていたのが印象的でした。日本語を話すのと同じように、ろう者にとって手話が第一言語となるため、手話をコミュニケーション手段の一つとして当たり前のように学べる環境がもっと身近にあればいいのにと思いました。

植木さん:前回の弱視当事者勉強会や、発達障害当事者勉強会のときもそうでしたが、困りごとの内容や程度は、本当に人それぞれ違うことを知りました。これからいろいろなモノやサービスを考えて、作って、世の中に提供していくときに、また 3名、思い浮かべるべき人が増えたという感じです。

――企業としては、障害の多様性にどの程度まで対応すればいいのか、悩まれる方も多いのではないかと思いますが、それに対してはどうですか?

植木:「対応しなければいけない」とネガティブに捉えるのではなく、「今まで使ってもらえないユーザーがいた」「機会を失っていた」と考えれば、企業にとってはビジネスチャンスの伸びしろと思えるはずです。

ウェブアクセシビリティに関して、100 点はなかなか取れませんし、ここまでやればいいというラインはなくて、ウェブサイトがある限り、改善を続けなくてはなりません。ウェブサイトの場合は、WCAGというガイドラインがあるので、まずはAA(ダブルエー)という基準の達成を目指すべきです。その次のステップとして、もっと多くの、いろいろなユーザーにとって使いやすいサイトに変えていけば良いと思います。

――「障害当事者の困りごとを聞く」という取り組みは、「視覚当事者」「発達障害当事者」に続いて今回が3回目です。この取り組みを続けている理由は何でしょうか?

千葉:ガイドラインは、世界中のさまざまなユーザーのケーススタディを基にして基準が作られています。ただ、アクセシビリティ向上のための作業をしている人の中には、「ガイドラインの基準ありき」で、どんなユーザーの何のためのテクニックなのか、わからずに実装している人は、けっこう多いと思います。

そういう意味では、今回のような機会で実際の当事者を知れば、想像の幅が広がって、実装に意味と実感が伴ってくる。「あの人に伝わる」「あの人が喜んでくれる」「あの人も一緒に楽しめる」と想像しながら作業できる、そういう状況を作りたいと考えて、困りごとを聞く勉強会を続けています。

――当事者勉強会に関して、今後の展望や計画を教えてください。

千葉:まだ取り上げていない障害をお持ちの方や、高齢者の方にも、直接お話を伺う取り組みを広げていきたいです。「視覚障害」「聴覚障害」とされる人でも、状態や程度は人によって異なるので、それぞれの困りごとを詳しく知るための取り組みも行いたいと思っています。また、当事者の方たちがどのようにウェブサイトを使っているのか、まだ十分にお伝えしきれていないので、次のステップとしては、実際に使っているところを見てもらうなど、深掘りして伝えていく試みも計画もしています。

植木:勉強会を実施する一方で、案件ではユーザービリティテストを当事者の方にお願いし、ユーザー視点でアクセシビリティを高めていく取り組みを継続していきたいと思っています。


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