「この体になったから、夢ができた」
車いすテニス選手・長櫓圭永が考える、グランドスラムまでの布石
17歳の時、交通事故で両足に障害を負った長櫓圭永選手。生と死のはざまを行き来しつつも一命を取り留め、激しい痛みが伴うリハビリを経て驚異的な回復をみせました。元々スポーツが好きで、軟式テニスの経験もあったことで車いすテニスを始めました。世界ランキング50位を目下の目標にしている長櫓選手。そのモチベーションとなっているものとは?
車いすテニス
車いすに乗ってプレーをするテニス。ツーバウンドでの返球が認められていること以外は、一般のテニスの競技ルールと変わらない。使用するコート、ネット、ラケットやボールなどの用具も一般のテニスと同じ。
「死ねない」と思い、歯を食いしばった
ゆっくり目を開けると、視界に飛び込んできたのは“空”でした。
「事故しちゃったな」
そう思ったと同時に、長櫓圭永選手は体が動かないことに気づきました。
右手で、右足に触った時、右足の感覚は全くなく「何かムニムニしたものを触っている感じだった」と振り返ります。
「倒れた状態で、目の前が真っ暗になったり、空が見えたりしたのが数分間続いた感覚でした。その時、『死ぬかも』という思いが脳裏をよぎったのですが、次の瞬間、家族の顔が浮かび、『死ねない』と思いました。体は動かせなかったので、とっさに歯を食いしばる行動を取りました。そこから一気に、痛みが全身を走りました」
17歳の高校2年の時、オートバイに乗っていた際に自動車と衝突。病院に運ばれ、緊急手術が施されました。その後、目が覚めた長櫓選手に、医師は「両足は動かなくなってしまったけれど、リハビリ次第で良くなっていくかもしれない」と告げました。
「それを聞いて、『まだ本当に(両足が)動かないと決まったわけじゃないんだ』と思った」と長櫓選手は言います。数カ月間は治療に専念し、その後リハビリ施設へ通い始めました。
壮絶な痛みを伴うリハビリを続けた
リハビリを始めた当初、腰から下が全く動かない状態でした。何カ月もの間、入院先のベッドで寝たきりだったこともあり、膝の関節は曲がらなくなっていました。最初、その膝の関節を曲げることから始まりましたが、それは今までに味わったことのない痛みだったと長櫓選手は言います。
「イメージで言うと、骨をゆっくり折られる感じです。過去に、その痛みを経験して気絶した人もいると聞きました。ただ体を治したい一心で、毎日休まずリハビリを続けました」
半年以上努力を続けた結果、何かにつかまれば歩けるようになるまで回復をした長櫓選手。通っていたリハビリ施設において、同じような状態からリハビリをした人の中では最も回復した患者だと言われたといいます。
そのリハビリ施設にいた時、車いすの販売会社の人と話す中で、地元の岡山県に車いすテニスのクラブがあることを知った長櫓選手。中学時代に軟式テニスをしていた経験があったこと、そして、世界的に活躍している車いすテニス選手への憧れも相まって、車いすテニスを始めました。
車いすを操る「チェアワーク」の大切さ
元々スポーツが好きだった長櫓選手は、車いすテニスを始めるなら競技を突き詰めようと思い、当初から最終目標をパラリンピック大会やテニスの4大大会とされるグランドスラムへの出場と決めました。
車いすテニスを始めた当初、打ち方ばかりを磨いていました。転機となったのは競技を始めて2年目、台湾で開催の国際大会へ参加し、初めて外国人選手と対峙した時だったと振り返ります。
「その時、国内外の選手の様々な戦い方を目の当たりにしました。その中で他の人が打ち返せているボールを自分だけが返せていないことに気づいたんです。その原因は、車いすを操る『チェアワーク』の未熟さにあると思いました」
無駄な動きをなくし、ボールをよく拾い、打ち返し、手中にある戦法を駆使して相手を崩していく――。その肝となるのが、チェアワークにあると知った長櫓選手は、三角コーンを使った練習を取り入れたり、動画に収めた自分のプレー姿を試合毎に振り返るようにしたりと、チェアワークの習得に注力するように。その結果、今までは取れなかったボールを打ち返すことができるようになりました。
「まだ納得するレベルまで到達していないのですが、競技を始めてからの2年間と比べたら、動きが良くなったと実感しています。」
祖母の笑顔が励みに
夢は「4大大会出場」と話す長櫓選手。
「でも思っているだけではダメで、一つひとつ段階を踏んでいくことが必要です。そのために最近始めたのは、エクセルでの『表作り』です。直近の目標は、世界ランキング50位を切ること。どの大会に出れば、どれだけポイントが得られるかを指標にしています」
コロナウイルス感染症の流行により、大会中止を余儀なくされてきた中で、これからは積極的にポイントを獲得していく意欲をみせています。
その励みになっているのは、家族の存在です。
「会社やスポンサーの存在はもちろん、支えてくれている家族を喜ばせたいと思う気持ちがモチベーションにつながっています。特に、祖母が喜んでくれるのがうれしいですね。先日タイで開催された大会では優勝することができました」
帰国後、家族全員が笑顔で出迎えてくれる姿が、さらに長櫓選手の心の火を燃え上がらせます。
「この体になったから、夢ができました。健常者だったら、スポーツで食べていくことはイメージできなかったと思います。アスリートとして生きていくチャンスを得たのであれば、できるとこまで頑張りたいと思っています」
一つひとつ階段を上り、着実に目標へと近づいている長櫓選手。家族をはじめ、応援してくる人の思いを胸に、さらなる飛躍を目指します。
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