2020年07月14日

エクスペリエンス

コラム

One to Oneマーケティングの限界と、その先に見えてくるCRMの真価

※所属・役職は記事公開当時のものです。

CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)はこれまで多くの場合、One to Oneコミュニケーションの文脈で語られてきました。しかし、顧客の属性や行動に応じてシナリオを細分化し、One to Oneのコミュニケーションを追求することをCRMの意義と捉えてしまうのは尚早です。

場合によっては、CRMの領域とされる見込み客や既存顧客に対するコミュニケーションにおいても、繰り返し接触することで認知を高める量的なアプローチを取ることが有効となる場合もあります。

本稿では、CRMにおける既存顧客とのコミュニケーションを、「マスかOne to Oneか」「量か質か」という二元論の二者択一で考えるのではなく、目的によって量と質の両方を使いこなす「リアルなCRM」の考え方について解説します。

2010年代、MAの登場で高まったCRMへの過度な期待感

GDPR(General Data Protection Regulation:EU一般データ保護規則)やCookie規制など国内外において個人情報保護への意識が高まり、マーケティング戦略においてもOne to Oneからマスへのコミュニケーションに揺り戻しといった動きが見られる中、かつてマーケターが抱いていたCRMに対する期待も薄れ始めています。国内外の著名なマーケターたちも、それぞれの著書の中でCRMの効果について懐疑的な意見を述べています。しかし、どこの企業を例にとっても「CRMをやめよう」という結論に至っているケースは目にしません。

CRMという言葉自体は20年以上前から存在していましたが、2010年代に入ってからCRMへの期待が高まりました。その要因の1つとして、MA(マーケティングオートメーション)ツールの進化が真っ先に挙げられます。当時広く浸透していたMAによって実現される「マーケティングの未来予想図」の中で、One to Oneコミュニケーションの実現についても繰り返し語られるようになりました。MAだけでなく新しいツールが登場するたびに、「システムですべて解決できる」という過度な期待を抱いてしまうことは往々にしてあります。

今、私が肌で感じているマスマーケティングへの揺り戻しも、結局のところ、これまでCRMを魔法の杖のようなものだと信じていた人たちが目を覚まそうとしているだけのことであって、CRM自体は相変わらず企業の地道なマーケティング活動として続けていかなければならないものだと思っています。だからこそ、私たちは「リアルなCRM」の意義を知った上で、正しく向き合っていく必要があると考えます。

MAが解決してくれるのはOne to Oneコミュニケーションの一部分

CRMの目指すべき1つの姿として、冒頭でも申し上げた「One to Oneコミュニケーションの実現」があります。CRMを実践する多くの企業が、1人1人の顧客に合わせて最適なタイミングで最適なメッセージを届けることによって、コンバージョンやロイヤルティの向上につなげたいという狙いを持って取り組んでいます。しかしながら、それを実現するためには多大なリソースが必要となります。

One to Oneコミュニケーションの理想像

MAツールが解決してくれることは、複雑なシナリオの実行を自動化する部分であって、1人1人に合わせたストーリーを考える作業はいまだに人の手を離れることはありません。当然ながらセグメントを増やせば増やすほどその負荷は大きくなる一方で、高効率化を目指してMAツールを導入したはずなのに、むしろ仕事が増えてしまったというような事象が起こる可能性があります。

単なる商品レコメンドのような、「何を売れば良いか」「どんなワードが刺さるか」というような表層的なアウトプットに関しては、ある程度は機械学習によって最適化できるようになってきましたが、「このページに来るのはどんな人で、こういう気分だから、このような語り方をしたら買ってくれるだろう」といったストーリーテリングをAIに任せられるようになるのはまだ先のことだと思います。微妙な意味合いや感情の理解に関しては、現状のディープラーニング技術では限界があるからです。結局、人が人の気持ちを理解して売り方を考えるということ自体は変わりません。

図2

CRM=パーソナライゼーション?

このようにパーソナライゼーションを突き詰めたCRMを実現しようとすればその分負荷が増えることは明白ですが、CRMの持つ意義は決してパーソナライゼーションには限らないのではないかと考えています。企業が見込み顧客や既存顧客といった何らかの接点を持つ人たちに対して最適なコミュニケーションを取ることがCRMの役割であることには違いないですが、細かくセグメントを分けるというアプローチが必ずしも正ではないということです。

CRM=パーソナライゼーションという先入観を持っていると見落とされがちなのはリーチの観点です。当たり前ですが、どんなに良いメッセージがあったとしても、見込み顧客や既存顧客に届かなければ意味がありません。CRMに取り組んでいるとOne to Oneを突き詰めることに集中し、どれだけ多くの人にリーチできるかという視点が抜け落ちてしまいがちです。特に多くのリードを保有している企業ほど、パーソナライゼーションの沼にハマりやすいように見受けられます。

マスマーケティングかOne to Oneマーケティングかという二元論において、多くの場合CRMは後者に位置づけられてきました。しかし、たとえば500万人のIDを保有しており、その人たちにメールなどでアプローチすることができるとすれば、それはもはやマスに近いメディアと言えます。強いメッセージがあれば、セグメントを分けなくても十分な効果を生み出すことができます。テレビCMなら5%の認知を取るだけでも相当なGRP(Gross Rating Point:一定期間に流したテレビCMの視聴率の合計、延べ視聴率)が必要となりますが、メールなら100万通送ったとしても安価な配信システムなら数万円で済むこともあります。

しかし、メールを認知目的の一斉配信ツールとして使うことに対しては懐疑的な意見もあると思います。その背景として、事業会社の組織形態において主にマスでの認知獲得やブランディングを担当している広告宣伝部署と、デジタルマーケティング部署との間に機能分離が生じているといった事情もあると思います。デジタルマーケティング部署は案件獲得や継続利用をKPIとしており、それを実現するための手段の1つとしてCRMを位置づけているため、認知を目的としてメールやLINEを使うといった発想にはなかなか至りません。結果として、メールやLINEといったPUSH型のチャネルは、「クロージングを目的としたCRM」という枠組みの中での活用に閉じてしまっているケースが多いのではないかと推察されます。

図3

重要なのはコミュニケーションの「量」

さまざまな企業のCRMをお手伝いさせていただいていると、大量のシナリオを作っているにも関わらず、1人の顧客に焦点を当てて見たときに、ほとんどコミュニケーションできていないケースが意外と多いことにも驚かされます。オプトアウトに対する懸念からなのか、「あまり配信しすぎない方が良いのではないか」といった声もよく耳にしますが、私の経験上、配信通数とオプトアウト増加率の相関を検証した上で、可能な限りコミュニケーションの量を増やすことを推奨します。1カ月あたりに届くメールの通数を増やしたことでサイト来訪率が上がり、コンバージョンが高まったという事例は実際にいくつもあります。たとえ1通1通のメールが開封されなかったとしても、適切な配信頻度を保つことでブランドの想起率を高め、ニーズが発生したタイミングで購入につなげることは可能です。広告で言うところのアトリビューションに近い考え方です。

カスタマージャーニーやペルソナを描き、消費者インサイトを突き詰め、それに沿ったシナリオを細かく設計するといった作業は、理想的で正しいアプローチだと思います。しかし、こうしたコミュニケーションの「質」だけを追求しようとしても、なかなか思うような成果は得られません。前述のとおり、One to Oneで質を高めようとすると必ずリソースを多く要するという問題にぶち当たるからです。本来、たった1つのメッセージを開発するだけでも、生活者インサイトの調査に始まり多くの時間をかけて作り上げていくものなのに、いくつものセグメントに対して、真に刺さるメッセージを用意するのは容易なことではありません。

CRMがうまくいかない要因の多くはこうしたところにあります。マスとOne to Oneという二元論のどちらかにCRMを位置づけてしまうとなかなか発想の転換が難しくなりますが、たくさんの人に繰り返し接触することで認知を高める量的なアプローチもCRMの手法の1つであるということを知っているだけでも、見込み顧客や既存顧客に対するコミュニケーションの考え方が変わってきます。「MAツールを導入してみたが、効果が上がらなかった」「CRMには力を入れるべきではない」という極端な結論に至る前に、一度コミュニケーションの「量」にも着目していただければと思います。

CRMが目指すべき未来

ここまで「リアルなCRM」の意義についてお話をさせていただきましたが、最後に少しだけCRMのこれからについて語らせていただきます。

私は最近、企業利益を上げることを目的とするマーケティング活動とは異なるレイヤーの取り組みにも、CRMの領域を拡げることができるのではないかと感じています。昨今、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)やエシカル消費といった言葉が取り沙汰されるようになり、私自身もさまざまな企業のCRM領域における課題解決をお手伝いさせていただく中で、企業と消費者も長期的かつ持続可能な関係性を目指すべきなのではないかと考えさせられる機会が増えてきました。

企業の社会的責任を果たす上でCRMによって何ができるかということは、これまであまり語られてきませんでした。たとえば酒類を取り扱う企業にとって、月に何本も自社ブランドのアルコール飲料を愛飲してくれるお客さまはありがたい存在ですが、健康で居続けてもらうために、時には買い控えてもらうコミュニケーションも必要となります。

つい最近、コロナによる自粛ムードの中、渋谷のある飲食街が「若者よ、渋谷に来るな」というメッセージを発信して話題になりました。短期的な企業収益だけを追求していたら、こういうコミュニケーションの発想は絶対に生まれてきません。

これからの時代、お客さまと生涯にわたって向き合おうとする企業姿勢がますます必要とされるようになると思います。これは単に中長期的な関係性を築くことでLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を高めようという意味ではありません。

企業と消費者が生涯を通してどんな関係を築き、お互いにどんな影響を与え合うことができるのかを真剣に考え始めると、改めてCRMの可能性が拡がっていくのではないかと期待しています。